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足立区伊興寺町散歩~円楽師匠・三平師匠もこちらの寺町で眠られています~
2013-01-29 Tue 19:40
今まで東京の寺町についていくつか記事UPさせて頂きました。
烏山寺町」、「高円寺南寺町」、「上高田寺町」、「十一ケ寺寺町(豊島
園)」などです。

今回は、足立区東伊興4丁目の「伊興寺町」です。
最寄駅は、東武伊勢崎線竹ノ塚駅になります(駅から1km程度でしょうか)

西新井から尾久橋通りを草加方面に向かいます。
埼玉との県境に近い、「伊興白幡」の交差点が伊興寺町の入口です。
水路案内

寺町通り沿いには、「保木間堀親水水路」が復元されています。
用水

伊興寺町は、関東大震災後に都内から移転してきた寺院によって形成さ
れた寺町です。
烏山寺町ほど寺町の雰囲気はありませんが、10を超える寺院がここに集
まっています。
寺町通り (2)

まずは、浄土宗法受寺です。
なかなか複雑な経緯を持つお寺で、詳細は以下の足立区教育委員会の
案内板をご参照頂ければと思います。
法受寺

法受寺説明

とびつきりの笑顔の布袋様です。
このお顔を見れただけでもこの寺町に来た甲斐がありました。
布袋様

浄土真宗本願寺派「赤坂山浄光寺」です。
なかなかモダンな本堂で、隣には大きな伝道会館という建物もあります。
浄光寺

こちらも浄土真宗本願寺派「馬頭山善久寺」です。
新しくなった山門がまばゆいばかりの輝きを放っていました。
善久寺

白塀に用水路が流れる風景、一番寺町らしいポイントです。
寺町通り

こちらも浄土真宗本願寺派「龍華山長安寺」です。
伊興寺町は、浄土真宗本願寺派の寺院が多いです。
こちらもモダンな本堂です。
長安寺

長安寺の脇に親水水路の源があります。
水路があるとやっぱり町にも潤いがでますね。
用水源

伊興公園のところを左折して寺町周回道路?に回り込みます。
真宗大谷派「伊興山蓮念寺」です。
こちらは伝統的な寺院建築です。
乗蓮寺

浄土宗「日照山易行院」です。
笑点でお馴染みの故5代目三遊亭圓楽師匠のご実家です。
こちらは、元々浅草にありましたが、昭和になってこちらに移転してきました。
花川戸助六のお墓があり、「助六寺」とも呼ばれています。

五代目圓楽師匠のお墓ももちろんご実家のこちらのお寺にあります。
易行院

圓楽師匠のご実家らしく、両国寄席の案内が門前に貼ってありました。
落語

真宗大谷派「佛名山常福寺」です。
昭和の爆笑王 初代林家三平さんのお墓はこちらにあります。
伊興寺町、噺家さんに縁ありますね!
常福寺

浄土真宗本願寺派「松賢山本行寺」です。
こちらのお寺は、幼稚園を併設しています。
本行寺

曹洞宗単立「萬年山東陽寺」です。
塩原太助の墓、戸田茂睡歌碑があります。
当方、塩原太助という方、知らなかったのですが、調べてみる江戸時代の
豪商で、明治に三遊亭圓朝が太助をモデルにして「塩原多助一代記」を創
作、人気を博したとのことです。
東陽寺2

浄土宗「信楽山正安寺」です。
先ほどの親水水路のある通り側にねはん会館という立派な会館をお持ち
です。
正安寺

公園墓地「竹ノ塚霊園」入口にお坐りの弁天様です。
弁天様

大きなお屋敷だなと思ったら、こちらが浄土真宗本願寺派「龍岳山専念寺」
でした。
専念寺2

モダンタイプの本堂です。
専念寺

尾久橋通りに面した曹洞宗「延命山栄寿院」です。
こちらは大田道灌創建のお寺で、大震災後東駒形から伊興へ移転してき
ました。
栄壽院


寺町の一角に「伊興遺跡公園」があります。
古墳時代の遺跡に建てられた公園で、園内には竪穴式住居が復元されて
います。
伊興遺跡

伊興氷川神社です。
足立区内では最古の氷川神社とのことです。
かっては、このあたりは舟運の要所として「淵の宮」と呼ばれた古社です。
裏には、毛長川が流れています。
氷川神社

谷塚橋から眺めた伊興寺町です。
右手が埼玉県草加市、左手が寺町のある足立区東伊興です。
毛長川

親水路沿いにお蕎麦屋さんがありました。
昼食にはちょうどよいかと思います。
当方、朝早い時間だったため、今回は立ち寄っていません。
蕎麦屋
こちらの寺町単独での散歩では少々物足りないかもしれません。
こちらから少し離れていますが、初代安藤広重のお墓がある伊興本町1丁
目の曹洞宗「東岳寺」、西新井大師参拝あわせての訪問などがお勧めです。

東京の東エリアの寺町紹介でした。
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中野区上高田寺町巡り~吉良上野介など歴史上の有名人の墓所が多い寺町です~
2012-11-29 Thu 19:30
昨日の新井薬師の近くに、上高田寺町があります。
こちらの寺町も高円寺南寺町烏山寺町十一カ寺などと同様と明治末か
ら大正・昭和初めにかけて東京市中から移転してきた寺によって形成され
た寺町です。

地図をご覧頂くと早稲田通り沿いと赤の現在地マーク下側に卍卍卍と寺
院が集中していることがおわかりいただけると思います。
地図

まずは、上の地図でいうと現在地矢印の下側 上高田4丁目から歩いて
みました。

まずは、曹洞宗万昌院功運寺です。
こちらのお寺は、もともと別寺院であった「万昌院(牛込)」と「功運寺(芝三
田)」の両寺が合併したものです。

功運寺山門

こちらには、歴史上の有名人の菩提所となっています。
当方、「栗崎道有」という方は存じませんが、その他の方々はなんとなくわ
かります。
墓所

一番の有名人は、忠臣蔵の吉良上野介でしょうか!
万昌院は、今川家の開基で、今川家と吉良家は関係あることから、こちら
のお寺にお墓があります。
吉良家

万昌院功運寺のお隣さんが、曹洞宗「宝泉寺」です。
こちらは明治41年に牛込横寺から移転してきました。
宝泉寺

小田原から伊豆箱根鉄道大雄山線に乗った終点「大雄山」駅にある最乗
寺道了尊 宿坊の碑が門前に建っています。
宿坊

宝泉寺は、板倉家菩提寺で島原の乱で幕府側総指揮にあたった板倉内
膳正重昌のお墓もこちらにあります。
板倉

次は、天台宗「境妙寺」です。
大正4年に明治神宮外苑造営のためにこちらに移転してきました。
境妙寺

上高田寺町には、禅宗曹洞宗寺院が多いですが、こちらは浄土真宗大谷
派「願正寺」です。
明治43年牛込原町から移転してきました。

こちらには、幕末の外国奉行「新見豊前守正興」のお墓があります。
願正寺

曹洞宗「金剛寺」です。
宝形造りの本堂を持つお寺で文京区小日向より昭和になってから移転して
きました。
金剛寺

上高田4丁目寺町の一番奥にあるのが浄土真宗大谷派「神足寺」です。
三田台町より明治44年に移転してきました。
開山の行心上人様、足が速かったとのことで「神足寺」と号するようになっ
たとのことです。
神石寺本堂

山門の銀杏がきれいでした。
神石寺いちょう

続いて早稲田通り沿い、上高田1丁目の寺町に移動です。
東中野駅から続く商店街の出口が寺町「正見寺」の交差点にあたります。
東中野銀座

青い壁が印象的な浄土真宗本願寺派「正見寺」です。
こちらは、明治42年に四谷南元町から移転してきました。
江戸第一の美人と言われた「笠森お仙」のお墓があります。
正見寺

正見寺から先ほど歩いた上高田4丁目方面に向かう道を渡ると曹洞宗「青
原寺」があります。
こちらは、明治42年青山北町から移転してきました。

青原寺

そのお隣は、浄土真宗大谷派「源通寺」です。
明治41年浅草から移転してきました。
河竹黙阿弥のお墓がこちらにあります。
源通寺

浄土真宗大谷派「高徳寺」です。
こちらには、新井白石のお墓があります。
浅草から明治41年に移転してきました。
PB255709.jpg

以前あまり寺町の歴史に詳しくなかったころ、この辺りを通った際、「へぇ~
新井白石は、このあたりに住んでいたんだ~」と勘違いしていた時代があり
ます。
新井白石ご本人もまさか自分が中野にいるとは思っていないと思います。
新井白石

臨済宗「龍興寺」です。
当日は葬儀の準備が進行中でしたので、門からそっと撮影したのが下の
写真です。
龍興禅寺

臨済宗のお寺が並びます。
牛込から明治39年に移転してきた「松源寺」です。
松源寺

門前に「さる」の石像があります。
昔、こちらの住職様が隅田川の渡し船に乗ろうとした際、猿が和尚様の衣
をくわえて舟に乗ることを妨げたため、転覆した舟に乗らずに助かったとい
う故事から「さる寺」と呼ばれるようになったということです。
猿

続いて曹洞宗「宗清寺」です。
芝松坂町より大正2年に移転してきました。
宗清禅寺

宗清寺のお隣は、曹洞宗「保善寺」になりますが、ちょうどこちらの大和尚
様ご葬儀だったため写真は遠慮させて頂きました。
こちらは、牛込通寺町から明治39年に移転してきたお寺です。

保善寺のお隣が曹洞宗「天徳院」です。
ビルタイプのモダンなお寺です。
明治40年に神楽坂から移転してきました。

こちらには、浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷におよんだ際に、内匠頭を
後ろから抱きとめた梶川与惣兵衛のお墓があります。
時代が過ぎ、吉良上野介のお墓も上高田寺町にありますので何かの因縁
ですね。
天徳院

最後は、早稲田通りの反対側にある隆曹洞宗「龍昌寺」です。
こちらのお寺、知らないと境内には入れないと思います。

手前に洗車センターのレーンがあり、洗車レーンをまたぐようにして境内に
入ります。
手前が早稲田通り、奥に見えるのが境内です。
隆昌寺入口

こちらも四谷塩町から明治40年にこちらに移転してきました。
隆昌寺

このあたりは、早稲田通りが鞍部になっており、通りに面して寺院の建物
があり、その後ろの傾斜地に墓地があるという構成になっています。
写真ではわかりにくですが、上高田4丁目方面に道路が下っています。
下り道

左手が墓地で、右側が上高田4丁目方面の民家です。
路地

駅から微妙に離れているため、なかなか行きにくいエリアですが、昨日の新
井薬師参拝にあわせて寺町巡りはいかがでしょうか!

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【続編です】文京区後楽2丁目から小石川3丁目(いい雰囲気の寺社仏閣があります)
2012-11-17 Sat 15:08
昨日ご紹介の市街地再開発事業の進んだ後楽2丁目の2008年の風景
【後編】です。

後楽2丁目には、このような細い路地がたくさんありました。
もう既に住民はいないアパートです。
(後楽2-7)
後楽2

奥には、懐かしいタイプのアパートが見えます。
後楽チューリップ

後楽2丁目の商店です。
新しい建物で今も営業継続されていると思います。
一番奥のお店は、蕎麦の小川家さんですが、HPで現在の店舗を見ること
が出来ます(後楽2-7)
後楽商店並び

無量山傳通院寿経寺です。
徳川家康公の生母「於大の方」菩提寺として江戸幕府の厚い保護を受け、
隆盛を誇りました。
また、浄土宗関東十八檀林(僧侶の学問修行所)の上席として宗内でも重
きをなした寺院です。

そうした学問所としての伝統を受けてか、淑徳学園、大正大学はこちらの関
連の学校になります。
(小石川3-14)
伝通院

こちらは、江戸観音霊場第12番札所です。
平成13年参拝ですので、江戸観音巡礼をしたのももう10年前になります。
また、2度目回ってみようかと思います。
R0014363.jpg

伝通院前の善光寺坂を下ります。
隣にあるのが浄土宗慈眼院「澤蔵司稲荷(たくぞうすいなり)」です。
由来などにつきましては、澤蔵司稲荷HPを参照願います。
(小石川3-17-12)
澤

境内には、松尾芭蕉句碑があります。
「一しぐれ 礫や降って 小石川」

芭蕉が壱岐坂(東京ドーム方面)から慈眼院方面を眺めて詠んだ歌といわ
れています。
澤?
澤蔵司稲荷から善光寺へ向かう途中の風景です。
下に見える大きな屋根は、善光寺(小石川3-17-8)の屋根だと思いま
す。
寺社仏閣の跡地のようなところにぼつりと狛犬が佇んでいました。

伝通院から善光寺へ下る坂が善光寺坂です。
善光寺は伝通院の塔頭寺院と創建され、明治に入り、信州善光寺の分院
となりました。
狛犬

少々順番が前後しますが、後楽2丁目に隣接する春日1丁目にある北野神
社です。
北野神社というより「牛天神」の名前のほうが通っているかと思います。

ご覧の通りかなりの高台にあります。
昨日の水道から続く崖地の上に神社は鎮座しています。
(春日1-5-2)
北野神社石段

神社裏の風景です。崖地に建っていることがわかります。
北野神社崖

この界隈、起伏に富んだ地形の中に意外に落ち着いた寺社仏閣が多い
エリアです。
微妙に交通の便が悪いこともあり、あまり知られていないエリアかもしれ
ません。
週末散歩はいかがでしょうか!!
(次回は、春日~小石川~白山方面の昭和の香り残る建物などご紹介
できればと思います。)

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高円寺南2寺町~旧桃園川に向かった傾斜地上に6軒の寺院があります~
2012-10-16 Tue 19:50
中央線には、三寺と呼ばれる最後に”~寺”がついた駅があります。
高円寺、吉祥寺、国分寺です。
どの駅も中央線の中では、それぞれ独自の個性を発揮する人気のエリ
アでもあります。
簡単にご紹介すると---

<高円寺>
南口にある曹洞宗の寺院「宿鳳山高円寺」に由来します。

<吉祥寺>
実は吉祥寺に吉祥寺というお寺は無く、明暦の大火の際に、文京区本駒
込にある吉祥寺(こちらの坐禅会にも当方参加したことあります)の門前
町の住民が移転してきたことにちなみます。
北口には、安養寺・光専寺・蓮乗寺・月窓寺の「四軒寺」と呼ばれるお寺
があります。

<国分寺>
741年聖武天皇の命により造られた武蔵国分寺がここにあったことに由
来します。

以前、東京の寺町として、烏山寺町豊島園十一ケ寺について紹介させて
頂きましたが、今回は、中央線三寺の一つ高円寺にある「高円寺南2丁目」
寺町についてご紹介です。

高円寺というと、駅前にある駅名の由来となった「高円寺」と真言宗豊山派
「日王山阿遮院長仙寺」を思い浮かべる方が多いかと思います。

どちらも堂々たる大寺ですが、今回ご紹介の寺町は、少し駅から離れた高
円寺南2丁目にある6寺からなるミニ寺町です。

ミニではありますが、住宅地の真っただ中にあるこの寺町、やはり落ち着い
た寺町らしい雰囲気が漂っています。
とはいっても、高円寺に来て、駅名の由来となった「高円寺」を外すわけには
いきませんので、まずは簡単に「高円寺」から紹介です。

高円寺駅南口を出て、新宿方面に5分も歩くと堂々たる「曹洞宗宿鳳山高
円寺」の山門が見えてきます。
徳川将軍家のあつい庇護を受けてきた寺院で、三代将軍家光公が鷹狩の
際にしばしばこちらで休憩を取ったといわれています。
PA085254.jpg
杉並区教育委員会による案内板です。
PA085253.jpg
広くて閑静な境内です。
PA085257.jpg
徳川家の庇護を受けた寺院だけに本堂正面屋根には葵のご紋がつけられ
ています。
PA085258.jpg
高円寺を出て更に南に行くと、旧桃園川緑道です。
PA085262.jpg
先日先日ご紹介の天沼弁天池を源流の一つとする川です。
昭和40年代に完全に暗渠化されました。
この桃園川は、環七を少し越えた先で神田川に合流します。
PA085263.jpg
旧橋跡には、カッパが堂々と坐っていました。
PA085261.jpg

桃園川へ下る傾斜地を上がった高台(というほどの高さではありませんが)
に寺町があります。
狭いエリアに6軒の寺院が固まっています。
こちらもかっての東京市街地から移転してきた寺院で構成?された寺町で
す。

高円寺は、大正十一年開業で、この7月に開業90年を迎えましたが、この
寺町へ移転してきたお寺の中には明治40年代に移転してきたお寺が多い
です。

移転当初は、中野駅が最寄り駅で、中野からお墓詣りに歩いてくる檀家の
人からは”なんでこんな田舎に引っ越したんだ~”と不満の声もあったよう
です。

それでは、各寺院巡りです。
まずは、曹洞宗西照寺です。
明治43年に芝白金から移転してきました。
移転理由は東京市街発展に伴い、区画整理の対象となり、この地に移転
してきました。
PA085266.jpg

続いて、曹洞宗松應寺です。
こちらは、大正7年に台東区浅草寿町から移転してきました。
墓地が狭かったため、寺院の維持発展のために移転してきたとのことです。
江戸時代の農政学者 佐藤信淵のお墓はこちらにあります。
PA085268.jpg

曹洞宗宗泰院です。
明治42年市ヶ谷町から移転してきました。
陸軍士官学校の校地拡大に伴い、移転を余儀なくされ、こちらへ移転して
きました。
移転事情も様々ですね。
PA085272.jpg

続いて、曹洞宗長龍寺です。
こちらも、明治42年に宗泰院同様、陸宮士官学校敷地拡大により市ヶ谷
から移転してきました。
こちらには、豆腐地蔵尊という珍しい地蔵様がいらっしゃいます。
山門脇の松の枝ぶりが見事です。
PA085276.jpg

続いて、曹洞宗鳳林寺です。
こちらは、新宿牛込から大正3年に移転してきました。
移転理由は、牛込弁天町通りの拡張による移転です。
PA085278.jpg

本堂前では、同じ向きで2匹のワンちゃんがお昼寝中でした。
兄弟犬(姉妹犬)でしょうか!!
鳳林寺犬

巨大なしゃもじのある愛染明王堂です。
こちらには、厄除け子育ての子育ての延命地蔵尊を祀るお堂もあります。
PA085282.jpg

こちらは、6寺中唯一曹洞宗以外の寺院 日蓮宗長善寺です。
こちらは、谷中から大正15年に移転してきました。
こちらは、国鉄線路拡張に伴う移転です。
PA085283.jpg

最後は、曹洞宗福寿院です。
こちらは、明治40年区画整理のため、四谷から移転してきました。
こちらのご本尊は、像高46cmの金銅釈迦如来像で杉並区内では珍しい
「金銅仏」とのことです。
ちょうど本堂の改修工事中でした。
PA085285.jpg
最後に「高円寺」門前にあったラーメン屋さんです。
この時は、中野坂上駅の「華吉の椎茸そば」がありましたのでスルーしま
したが、そのうちぜひ来てみたいと思います。
PA085287.jpg
以上、すべてのお寺を巡っても30分程度でしょうか。
こちらのお寺は、檀家寺ですので境内を開放しているわけではなく、山門か
ら眺める程度の拝観しかできませんが、6寺が固まって存在するとやはり壮
観で寺町を散策していることを実感できるかと思います。

駅前の「長仙寺」、駅名由来の「高円寺」とともに身近な東京寺町巡りの一
つとして散歩いかがでしょうか。

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豊島園駅前にある小さな寺町(十一ケ寺)案内です
2012-09-20 Thu 20:01
東京練馬の豊島園前にも小さな寺町があります。

元々浅草田島町(現:西浅草二丁目)にあった浄土宗誓願寺の塔頭寺院が
関東大震災後の昭和3年に移転してできた寺町です。

手元にある古地図を見ると、ちょうどROXビルの国際通りを挟んだ反対
側に誓願寺とその塔頭寺院たる十一ケ寺の名が記されています。

本寺たる誓願寺は、多磨霊園前に移転しましたが、今は誓願寺とここ十一
ケ寺は関係ないとのことです。

十一ケ寺入り口です。
広い十一ケ寺内道路の左右に整然と十一の寺院が並んでいます。
P9154779.jpg
十一ケ寺側から見た大江戸線豊島園駅です。
写真からお分かりのように大江戸線豊島園駅のすぐ目の前です。
P9154804.jpg
得生院です。決して広くはない寺域ですが、ゴミ一つ落ちていない境内は
すがすがしい雰囲気です。
P9154789.jpg
迎接院境内です。
緑豊富な境内で豊島園駅前とは思えない風景です。
P9154803.jpg
林宗院です。
枯山水的な庭が印象的です。
P9154795.jpg
本性院です。
何となくユーモラスな2対の像が迎えてくれます。
P9154801.jpg
九品院と蕎麦食地蔵(そば食い地蔵)です。
P9154794.jpg
蕎麦食地蔵の由来については、以下の案内版をご覧ください。
(小さくて見えないかもしれません。)
P9154792.jpg
地蔵堂の脇では、二人の羅漢様が楽しそうにお蕎麦を賞味中です。
白い容器は、徳利のようにも見えますが、そばつゆ入れでしょうか?
P9154799.jpg
十一ケ寺突き当り正面には阿弥陀様がいらっしゃいます。
阿弥陀様より向う側は、十一ケ寺の墓苑が広がっています。
P9154797.jpg
十一カ寺の一つ 仮宿院で開催のお香を楽しむ会の案内です。
参加申し込みは、菩提寺経由とあります。
浄土宗の檀家でないとダメなのかもしれませんが---
P9154798.jpg
豊島園周辺は、他にも見どころ多くありますので、次回その他見どころご紹
介とさせて頂きます。
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