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国立の水景巡り最終回(ママ下湧水&矢川緑地)
2014-08-13 Wed 16:54
宮城へ帰省しており、本日戻りました。
独立後久しぶりの遠距離旅行?ということで、気分転換できました!

秋田の秋の宮温泉へ一泊してきましたので、その様子は次回以降アップしたいと思います。

ずいぶん更新間隔があいてしまいましたが、まずは国立の水景を巡る旅の最終回です。
国立の古刹南養寺をあとにして更に水辺を歩きます。
1水路小屋

かなりの水量の水路です。
写真左手には中央高速が通っています。
1滔々と流れる川

きれいな水の中では、水草が泳いでいます。
1水草

府中用水に流れ込むママ下湧水(左側水路)と矢川(右側)です。
当方はママ下湧水湧出ポイントに向かって歩いています。
1合流点

都内では見かけなくなった田園風景がここにはまだ残っています。
1田圃

この界隈に大きな道路が建設され、一時湧水への影響も心配されましたが、致命的な影響は
出ていないようで、まずは一安心です。
1ママ下湧水公園

ママ下湧水の湧出ポイントから流れてくる細流です。
1細流

こちらがママ下湧水で最も湧出量の多い「上のママ下」湧出ポイントです。
「ママ」というのは、この地域での崖の呼び名です。
1湧水点

老人ホームくにたち苑近くの府中用水です。
陽射しが陰り始めました。
1午後の日差し

このあたりは交通の便が悪く、矢川駅までも結構な距離があります。
今回は、甲州街道を越えてさらに矢川緑地まで足をのばすことにしました。

こちらが、甲州街道を渡り矢川駅方面に向かった国立第六小学校近くを流れる矢川です。
1親水施設

長さ1.5kmの小川ですが、こちらも都内では貴重な水景色の一つです。
1矢川説明板

矢川の水源地の一つである矢川緑地の入り口です。
緑地の中を矢川が流れています。
1矢川緑地入口

湿地の上に木道が渡されています。
虫、植物など-- 子どもたちの夏休み研究の格好の場所ではないでしょうか。
1木道

矢川緑地から道路を隔てたところにある矢川弁財天です。
こちらも矢川の源流ポイントの一つです。
1矢川弁財天

狛犬ではなく、蛇が鎮座していました。
1蛇

境内の弁財池です。
弁財天よりさらに上流に矢川の源流点があるようですが、暗渠になっており、水の姿を確認
できるのは、このあたりまでです。
1弁財天池
以上、国立野暮天満宮から矢川緑地までの水の旅でした。
炎天下での散歩はなかなか厳しいものがありますが、秋になって少し涼しい季節にたわわ
に実った稲穂を眺めながらのんびり散歩するのもいいかと思います。
おススメの水風景です。
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国立の田園風景~用水路沿いに歩きます~
2014-08-01 Fri 19:33
谷保天満宮をあとにして、田園風景を求めて炎天下を歩きます。
この界隈には東京とは思えないのぞかな田園風景が広がっています。
果樹園

河岸段丘から湧き出した湧水が集まり、用水路となっています。
用水路は幅も深さも結構なもので、泳げそうな感じです。
農地

夏らしい風景です。
井上陽水の「少年時代」の歌詞が浮かんできます。
ひまわり

無農薬野菜を売っていました。
無農薬

激流です。
昔こういう用水路に笹の葉を流して追いかけました。
水路

本流から分水されています。
何気ない仕組みですが、日本の治水技術の粋がこうしたところにも活かされているのでは
ないでしょうか。
分岐

アジサイが咲いていました。
向うに見える森が中世の館跡である城山です。
あさがお

こちらの城山は、土塁と空堀などがよく残っています。
城跡

こちらの城主は鎌倉時代初期の豪族であった三田氏とも、また菅原道真の子孫で源実朝
の臣であった津戸三郎為守(谷保天満宮の宮司の家系)ともいわれていますが、定かでは
ないようです。
説明板 (2)

城山公園の一角に古民家があります。
江戸時代後期の建築と推定される茅葺き、入母屋作りの家屋で、青柳村(現国立市青柳)に
建てられていた農家・旧柳澤家住宅を移築したものです。
旧家

谷保山南養寺は、立川市にある禅宗、臨済宗建長寺派普済寺の末寺です。
このあたりには、臨済宗建長寺派の教線が伸びています。
家内の昭島の菩提寺 広福寺も建長寺派の寺院です。
南養寺
(更に次回に続きます)
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谷保天満宮境内 厳島神社&常盤の清水
2014-07-26 Sat 10:26
(前回の谷保天満宮から続きます)

拝殿脇を通り奥に進みます。
写真は、拝殿の後ろに鎮座する1749年築、市指定有形文化財谷保天満宮の本殿です。
社殿

本殿脇に厳島神社があります。
厳島神社表

こちらの厳島神社は、奥にある常盤の清水から流れ出る湧水を水源とする弁天池で囲まれて
います。
厳島神社裏

こちらが「常盤の清水」です。
常盤の清水1

湧水量は、それほど多くはありませんが、近くの方々の井戸として利用されていたことがその
形状からもうかがえます。
常盤の清水

右手が谷保天満宮境内です。
弁天池から流れ出た湧水が流れをつくっています。
境内脇湧水

流れに置かれた植木鉢が涼しげです。
水草

店前に赤ポストがある昭和風情の商店がありました。
ここからのどかな田園風景を楽しみながら東京名湧水57選の一つ「ママ下湧水」に向います。
古い建物
(次回に続きます)
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三鷹大沢の里は新選組近藤勇ゆかりの地です
2014-07-01 Tue 21:45
ここのところ相変わらずバタバタでブログの更新が滞っておりましたが、ようやく三鷹レポ
ートの最終回です。

野川公園や前回の水車経営農家のある三鷹大沢は新選組局長近藤勇が生まれた土地
でもあります。

当方幕末史が好きで特に昔から新選組ファンでもありまして、(以前ご紹介させて頂きまし
たが)日野の土方歳三生家町田小野路の小島邸、あるいは京都の壬生屯所跡など
ゆかりの地を巡ってきました。

毎月の坐禅会が行われる中野坂上の成願寺も、近藤勇の奥様が一時身を寄せていたと
ころと伝わるお寺
です。
(この件については、成願寺様HPに記載がありますので、興味ある方はぜひご覧ください)

しかしながら、実は近くにおりながら近藤勇生家だけはまだ未訪問の場所になっていました
ので、今回が初訪問となります。

まずは水車農家から野川公園に戻る途中にある近藤勇のお墓がある龍源寺です。

子母澤寛の名著「新選組始末記」にも板橋の刑場で処刑された近藤勇の遺体を大八車に
乗せて龍源寺まで運ぶくだりがあります。

人見街道沿いにある龍源寺です。
龍源寺門

門前には、碑石が並んでいます。
龍源寺碑

その中に新選組の幹部達の流派であった天然理心流に関する石碑がありました。
龍源寺碑文

龍源寺本堂です。
奥にある墓所に近藤勇のお墓があります。
龍源寺本堂

続いて近藤勇生家跡です。
実はこの場所は、野川公園入口の目の前です。
生家全景

近藤勇が生まれた家は、昭和18年まで健在でした。
生家跡説明板

説明板に幕末の宮川家(近藤勇の生家)の古写真がありました。
大沢の豪農だったようです。
近藤勇説明板

近藤勇が産湯をつかったと伝わる当時の井戸が残されています。
井戸

敷地かたわらには近藤神社もありました。
近藤神社


近藤神社説明板

生家跡の向かいにあるには、天然理心理流の道場も残っています。
こちらのお宅の表札は、「近藤」さんでした。
近藤勇の養子となった勇五郎さんのご子孫がお住まいのようです。
道場
いかにも多摩の無骨な流派の道場といった趣があります。
道場建物

道場の建物の変遷が説明されています。
今なお当時の道場の建物が残っているとは貴重です。
道場説明板
実は毎月1回夜三鷹で行われている勉強会に当方参加しているのですが、そこには天然
理心流で修行された方も参加されています。

ちょうど明日の夜がその勉強会なのですが、勉強会終了後は、三鷹駅近くの蕎麦屋で懇親
会もありますので、天然理心流に関するお話直に聞いてきたいと思います。
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三鷹大沢の里~水車のある風景(野川巡りその3)~
2014-06-22 Sun 18:43
(その2から続きます)
野川公園を一度出て徒歩で周囲を巡ります。

このあたりは大沢という地名ですが、中央線、京王線のどこの駅からも徒歩圏とはいえない
距離にあり、公共交通機関利用ですと、中央線あるいは京王線各駅からバスでのアクセス
となります。

新選組近藤勇の故郷でもあるこの大沢地区には、まだまだのどかな風景が残されています。
写真は人見街道沿いの旧家です。
旧家

人見街道で見かけた野菜無人販売です。
日よけの形がいいですね。
野菜販売

野川対岸の緑は大沢緑地です。
この界隈は三鷹で唯一田んぼが残るエリアです。
水車近く野川

野川沿いにある水車です。
後で復元されたものだと思いますが、野川河岸を少し上がったところにあります。
水車

水車を回していた水が野川に注ぎ込んでいます。
野川への流

ちょうどあじさいの季節でもありました。
あじさい

野川公園から徒歩5分程度、野川沿いに「大沢の里 水車経営農家」の水車が残されていま
す。
写真は野川公園から歩いてきた側の入り口です。
奥に見える木の向う側に野川が流れています。
水車会社入口

こちらの水車にちなんで通り名も「水車通り」です。
通り名

実はこちらの存在すら知らずにぶらっと立ち寄ったのですが、思いがけず(失礼)素晴らしい
産業遺産でした。
水車構内

こちらの建物は、水車を経営していた峰岸家の住宅です。
平成6年に三鷹市に寄贈されていますので、それまではこちらにお住まいでした。
パネル表示

1808年に創設された通称「新車」と呼ばれる水車です。
日本機械学会からは「旧峯岸水車場」として機械遺産の認定を受けている水車で、なんと
昭和43年に野川の改修によって水流が変わるまでの160年間、回り続けていたとのこと
です。
水車本体

水車内は、地元ボランティアの方が丁寧に説明して下さいます。
料金は100円ですので、丁寧な説明にかえって申し訳なく思ってしまいます。
水車内部

複雑な機構を持つ水車装置全体がこのように良好な状態で保存されているのは奇跡的です。
粉つき

深大寺蕎麦粉もこちらでうっていたようです。
この石臼も水車の回転を動力源として動きます。
そば粉うち

左にある柱はエレベーターになっており、十分ひききれなかった蕎麦の実が回収されて、
再度石臼に戻される仕組みなっています。
からくり装置のようです。
エレベーター
HP「三鷹の水車 しんぐるま」には、昔の野川及び水車の様子も掲載されていますので、
興味ある方はご覧頂ければと思います。
こちらだけの訪問でも十分価値ありです。
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