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荻窪界隈最後の秋祭り『井草八幡の例大祭』~2012年は5年ぶりの流鏑馬神事開催です~
2012-09-30 Sun 17:02
9月7・8日の荻窪白山神社大祭から始まり、9月15・16日には荻窪八幡
神社の例大祭
、そして9月30日・10月1日の井草八幡宮の例大祭をもって
荻窪界隈の秋祭りは終わりになります。

トリを取るに相応しいのが、今回の井草八幡宮です。

井草八幡宮といってもあまり知られていないかもしれません。
1万坪という都内有数の社域を有し、源頼朝が奥州藤原泰衡征伐の際に戦
勝祈願のために立ち寄ったといわれる由緒ある古社です。

当方居住地は井草八幡宮の氏子地域に入っており、子供の初宮参りはこち
らでお世話になっておりますので、当方にとってはなじみある神社です。

本日9月30日は宵宮、明日が例大祭当日になりますが、関東地方台風接
近中で、夕方はダメだろうということで、駒澤大学参禅会終了後の午前中に
寄ってみました。

井草八幡宮例大祭ポスターです。

今年は5年に1回の流鏑馬(やぶさめ)開催の年になります。
流鏑馬は、今日明日ではなく、10月14日の開催です。
P9305133.jpg
早稲田通りと青梅街道が合流する「井草八幡前」交差点側の入り口にある
大灯篭です。
高さ9m、屋根の広さは畳八畳分という巨大灯篭です。
台風接近で露店出ているか心配でしたが、準備が無事始まっていました。
P9305052.jpg
この大灯篭から青梅街道向かい側にある看板建築です。
ここのところ看板建築の記事続いたため、関連でご紹介です。
店舗としては今は営業していませんが、コーセー化粧品取扱いのステッカ
ーが貼ってありますので、化粧品を扱っていたのかもしれません。
P9305054.jpg
長い参道を進み、途中を右に曲がると見えてくるのが、下の写真の楼門で
門内には一対の随神が祀られています。
P9305057.jpg
井草八幡の説明板です。
縄文時代からこのあたりは栄えた地域のようで、今の例大祭のときには、
重要文化財である「顔面把手付釣手形土器」(がんめんとってつきつりてが
たどき)も公開されています。
P9305070.jpg
楼門を入って右手に多くのは末社が祀られています。
P9305059.jpg
頼朝公お手植えの松です。
頼朝は2本の松を植え、1本は明治初年に、もう1本は昭和48年に枯れて
しまい現在の松は2代目です。
P9305060.jpg
立派な本殿です。
緑に囲まれた静かな環境で、とても青梅街道近くとは思えません。
深い森の中にあるような雰囲気を醸し出しています。
P9305062.jpg
本格的な射的場が早々と店開きしていました。
まだ、午前中ですがご覧のように大盛況です。
P9305171.jpg
参道に並ぶ露店です。
ここ井草八幡の大例祭は、200軒以上の露店が並ぶ都内でも有数のお祭
りです。
P9305073.jpg
遥か彼方に大鳥居が見えますが、ここが東参道です。
直線距離は200mあり、流鏑馬の際にはここが馬場になります。
都内で馬場を有する神社は珍しいとのことです。
今日は、参道の両側に露店が建ちなんでいますが、来る10月14日には、
古式装束をまとった武士が馬にまたがり、颯爽とここを駆け抜け、3つの的
を射抜きます。
P9305058_20120930153256.jpg
東参道の大鳥居です。
こちらも高さ9mの巨大鳥居です。
鳥居を出たところが青梅街道の善福寺1丁目の交差点です。
P9305076.jpg
井草八幡へは、荻窪駅北口0番or1番乗り場から乗車、「井草八幡宮」下
車です。
バスは頻繁に出ていますのでJR駅からは遠いですが、交通アクセスは悪く
ありません。
10月14日の5年に1回の流鏑馬神事見学などいかがでしょうか!!

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久しぶりのお台場のビーチで小さなヤドカリ発見しました!
2012-09-29 Sat 18:35
昨晩横浜での痛飲で、酔いの醒めない状態の中、家内両親と当方家族で
有明の東京ビックサイトで開催中のオンワードのバーゲンに行ってきました。
P9295000.jpg
オンワードのバーゲンといっても、当方衣服に関しては100%興味がない
ので(目の前にあったものを何も考えずに着る!)同じように洋服に興味な
い鉄道マニアの次男坊と入口でそそくさと別れ、ゆりかもめで別行動と相
成りました。

東京ビックサイトの屋上展示場からの眺めです。
台風近づいているようですが、今日はまだいい天気でした。
P9295004.jpg
幸いに、ゆりかもめの最前列かぶりつき席が確保でき、とりあえず台場駅
に向かいます。

台場駅から海岸方面へ歩いていくと、トランペットの音が聞こえ、人が集ま
っている様子がうかがえました。

”なんだなんだ?”
と近づいてみると-----

一斉に風船が空に放たれました。
外のチャベルでの結婚式でした。
P9295009.jpg
空に舞い上がる風船です。
少し暑かったですが、明るい日差しの中での結構式、なかなかいい感じで
した。
本当におめでとうございます!!
P9295010.jpg
続いてお台場のビーチに向かいます。

お台場のビーチで海の中を覗き込んでいると、何やら1つの石が波に逆らっ
て動きました。
”あれ??”
と思ってこちらも近づいてみると----
P9295029.jpg
直径1cmもないヤドカリでした。
P9295029_edited-1.jpg
岸近くにも小さな魚が群れをなして泳いでおり、網があれば一網打尽の感
じでした。
こちらは人口のビーチだと思いますが、しっかり自然が根付いていることを
実感できました。

下の写真は、ビーチ際にあるお店です。
お台場がまだ埋立地のまま殺風景な時代にも、確かこのあたりに海の家
のような雰囲気のお店があったような記憶があります。
もしかすると、こちらのお店は、そのお店ではないでしょうか?
P9295024.jpg
昼になったので、『デックス東京ビーチ』内で昼ご飯にすることにしました。
先日、本物の「昭和の町 豊後高田」をご紹介させて頂きましたが、こちら
「台場一丁目商店街」も作り物とはいえよくできています。
P9295034.jpg
0系新幹線です。迫力ありました。
P9295035.jpg
結局食事は、「台場一丁目商店街」のたこ焼きミュージアムで食べることに
しました。
こちらには、5軒の大阪のたこ焼き名店が並び、いろいろなたこ焼きが楽し
めます。
P9295037.jpg
今日は、「かこやきの元祖本家会津屋」さんのたこ焼きを選択です。
こちらのたこ焼き、たこ焼きの元祖の店ということで、ソースをつけずに食べ
るタイプのたこ焼きです。
ソース無しのたこ焼きは、初めての経験でしたが、あっさりしておいしかった
です。
(ほぼ食べ終えてから写真撮ったので残り2個です。)
P9295036.jpg
お土産は、しゃれで毎週家族で見ている「怒り新党」のお饅頭を買ってきま
した。
12個中、1個が激辛唐辛子餡が入ったロシアンルーレット饅頭です。
これから夕食後にチャンレンジしたいと思います!!
P9295045.jpg

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台東区根岸の看板建築風景です
2012-09-28 Fri 20:00
昨日石岡の看板建築を紹介させて頂きましたが、看板建築つながりで東
京台東区根岸の看板建築紹介です。

東京の看板建築で典型的な緑の銅板貼りタイプです。
根岸光陽亭
こちらはモルタルタイプの看板建築と出桁造りの商家です。
根岸出桁造
こちらの建物はまだ健在でしょうか。
かなり大きい建物で三軒長屋タイプです。
根岸長屋
最近根岸界隈歩いていないので、現況どうなっているか不明なのですが、
こうした風景は、同じ時代を生きたものとして記憶にとどめておきたいと思
います。
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見事な看板建築の残る町~茨城石岡市~
2012-09-27 Thu 20:00
茨城県石岡市に見事な看板建築の街並みがあります。
石岡は、常磐線普通列車で上野から1時間20分程の場所にあります。

古くは常陸国の国府が置かれ、江戸時代は水戸徳川家の支藩の城下町
として賑わいました。

下の写真が見事な看板建築がつらなる街並みです。

看板建築とは、『建物探偵』などで有名な藤森照信教授が大学院生時代
に命名
した店舗兼住宅の商家建築で、全面を平坦にして銅板やモルタルで装飾
をつけた建築様式で、都内にはまだこのような様式の建物が残っています。
R0011951.jpg
石岡は、昭和4年の大火により市内の1/4が焼失しましたが、写真の看
板建築は、その大火の後に建てられたもののようです。

左が「十七屋履物店」、右が「久松商店」でいずれも有形登録文化財に指
定されています。
R0011955.jpg
看板建築隣の蔵造り風の建物も重厚なたたずまいです。
R0011957.jpg
裏道にある喫茶店です。
よく見ると細かい意匠が見事です。
R0011991.jpg
石岡小学校に移された旧府中藩の陣屋門です。
昭和44年までは、小学校校門として利用されていたことです。
こんな門を毎日くぐっての通学、なんだかうらやましいですね。
R0012019.jpg
茨城には、ここ石岡だけでなく、土浦、(先日竜巻の被害が大きかった)北
条、真壁、結城、下館など落ち着いた街並みが広がる町が多い県です。
観光地ではありませんが、古い町並みをぶらぶらすることを趣味とする当方
にとっては、宝の山です。

そのうち、石岡以外の町も紹介できればと思います。

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駒澤大学日曜講座(坐禅会)9月30日から再開です&~大智禅師発願文ご紹介~
2012-09-26 Wed 19:31
今週月曜日夜は、久しぶりに永平寺東京別院(長谷寺)の月曜坐禅会に行って
きました。
こちらの坐禅会は、毎週月曜日19:00からの開始で、経行をはさんで2炷坐り
ます。

1炷目の途中から雨が降り出し、大きな雷が落ちる中での坐禅となりましたが、
1炷の間1回も警策が入らない集中した雰囲気の中での坐禅となりました。

参加要領は、以前ご紹介のものと変更はありません。
初回の方は、2炷目から坐禅堂外単で坐りますが、今回の初回参加者は10名
くらいだったでしょうか。

都心のど真ん中西麻布で毎週開催の貴重な坐禅会です。
興味ある方はいかがでしょうか!

さて、次は毎週日曜日朝に行われている駒澤大学日曜講座坐禅会です。
こちらは、大学の夏休み期間ということもあり、7月8日を最後に先週日曜日まで
休講中でした。

約3カ月ぶりに、今度の日曜日9月30日より再開になります。
9月30日は、坐禅指導:熊本英人先生、講義も熊本先生が「仏教行事と社会-
お盆とお彼岸」というテーマで担当されます。

参加要領については、以前の記事を参照頂ければと思いますが、今回は座禅中
に読誦する「大智禅師発願文」についてご紹介です。

発願文とは、請願や志を起こし、その成就を祈念して記す願文のことを言います
が、駒澤大学の坐禅会では、この「大智禅師発願文」を坐禅終了10分くらい前か
ら全員で読みます。

大智禅師は、大慈寺の寒厳義尹禅師について出家得度、その後、曹洞宗の太祖、
瑩山紹瑾禅師につき、後に瑩山禅師の高弟、明峰素哲禅師の法をついだ南北朝
時代の名僧です。

駒澤大学の坐禅会は、1炷40分強坐りますが、終了10分前になると

”「発願文」をご用意ください”

との声がかかります。
(発願文は、坐禅開始後、各自坐っている単に静かに配られますので、声がかか
って後ろを見ると紙が置いてあるかと思います。)

その紙には、「大智禅師発願文」と「普回向」が書かれています。

堂長和尚様の”だいち~ぜんじ~、ほつがんもぉ~ぉん~”との発声の後、全
員で坐禅したまま、以下の文章を読誦します。
(以下、その内容です。ふりがなふってありますのでご安心下さい。)

<大智禅師発願文>
願わくはわれこの父母所生の身をもって、三宝の願海に回向し、
一動一静法式に違せず、今身より仏身に至るまで、その中間において、
生生世世、出生入死、仏法を離れじ、在在処処に広く衆生を度して疲厭を
生ぜじ、
あるいは剣樹刀山の上mあるいは鑊湯爐炭の中、ただこの正法眼蔵をもっ
て、重担となして、随処に主宰とならん、
伏して願わくは、三宝証明し、仏祖護念したまわんことを


以上を全員で唱えた後に、堂長和尚様より短い法話があります。
(法話は無い場合もあります。)

最後は普回向です。
法話後、堂長和尚様により

願わくは此の功徳を以って
普く一切に及ぼし、
我らと衆生と皆共に、
仏道を成ぜんことを


と発せられますので、その後に全員で

十方三世一切仏(じーほーさんしーいーしーふ)
諸尊菩薩摩訶薩(しーそんぶーさーもーこーさー)
摩訶般若波羅蜜(もーこーほーじゃほーろーみー)


を合掌して唱えます。

その後は、坐禅終了の鐘が鳴り、坐禅終了となります。
(退場時には、紙はそのまま単に置いておきます。去年まで坐禅堂入り口で返
却する方法でした。)

長い夏の暑さもようやく終わり、気持ちよく朝の1炷坐れる季節になってきました。
おそらく9/30は久しぶりの坐禅会ということもあり、多くの初参加者がみえられ
ると思います。

こちらは大学構内の坐禅堂ですが、かって澤木興道老師により坐禅指導が行わ
れた由緒ある坐禅堂です。

坐禅始めてみたい方、今週日曜日の坐禅会参加はいかがでしょうか。
久しぶりのスタートでちょうどよいタイミングかと思います。

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別府鉄輪温泉~昔ながらの湯治場的な雰囲気を残す古湯です~
2012-09-25 Tue 19:40
大分別府市街地から山側にあがったところにあるのが、鉄輪(かんなわ)温
泉です。
前回の豊後高田市に行った際に立ち寄りました。

ここ鉄輪温泉は、駅近くの温泉街とはイメージが異なり、今なお湯治場的な
雰囲気が残っています。

駅舎のような入り口から入る鬼山地獄です。
PA282300.jpg
もうもうと白煙を上げています。
一般的に別府というとこのようなイメージをお持ちの方が多いのではないで
しょうか。
PA282297.jpg
温泉街の坂途中にあった食堂です。
いい雰囲気で、旅先のこうした食堂ではかつ丼食べたくなります。
PA282303.jpg
食事前に鉄輪温泉の麺物「鉄輪むし湯」です。
こちらは、時宗の開祖一遍上人が開いたという歴史ある温泉です。
現在は、市営の公共浴場になっています。
独特の入浴方法で、薬草がひかれた石室に浴衣姿で入り、10分間汗をか
きます(料金500円)
PA282309.jpg
鉄輪温泉のとある旅館の玄関です。
PA282315.jpg
この雰囲気もいいですね。
PA282312.jpg
煙草屋さん兼務の旅館です(以前この写真は、このブログで掲載したこと
があります。)
こちらの風情も旅心をそそります。
PA282313.jpg
実は、この時には別府駅前のビジネスホテルに宿確保済みでした。

せっかくなのでということで、立ち寄ったのが写真の食堂です。
写真のような温泉宿に泊まりたい!という思いを振り切り、ビール1本飲ん
で別府市内へ戻りました。
PA282317.jpg
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大分県豊後高田市~国東半島付け根にある昭和の風景が残る町です~
2012-09-24 Mon 20:00
少々古い写真ですが、大分県豊後高田市に行った際の写真紹介です。

大分県豊後高田市は、国東半島の付け根、宇佐神宮で有名な日豊本線
宇佐駅からバスで10分くらいの場所にあります。

ここは、昭和30年代の街並みを維持し、町をあげて「昭和の町 豊後高田
として観光化に取り組んでいます。

豊後高田へのアクセスポイントのバスターミナルです。
宇佐駅からバス便は、1時間に1本程度ですので時間にはご注意願います。
また、本数は少ないですが、大分空港発豊後高田経由中津駅行のバス便も
あります。
大分空港から入られる場合には時間があえば、このルートも便利です。
PA282238.jpg
バスターミナルからすぐの”昭和の町”入り口です。
PA282145.jpg
駅前のタクシー会社ガレージには、レトロなクラッシックカーがとまっていま
す。
PA282221.jpg
大正8年建築の「森川豊国堂」です。
わかりにくいですが、店先にアイスキャンデー販売のバイクがとまっています。
PA282147.jpg
種を商う「佐田屋」です。
PA282151.jpg
当方訪問時には、一番目立っていた「井ノ口マーケット」です。
PA282161.jpg
上のHPには、こちらのお店の名前がないようですので今はもしかすると廃
業されたのかもしれません。
PA282192.jpg
かなり奥のほうのお店だったような気がします。
このあたりは、あまり改修などの手の入れられていない自然体のお店が
多かったです。
PA282177.jpg
昭和の町の一番端 桂川にかかる橋です。
PA282189.jpg
橋の手前にかかる中央通り商店街の看板です。
PA282190.jpg
バスターミナルにほど近いところにある「昭和ロマン蔵」です。
明治から昭和にかけて大分一の大金持ちといわれた野村財閥の米蔵を利
用したテーマ館です。

写真は、その中の「駄菓子屋の夢博物館」内の様子です。
豊富な展示で一日いても飽きないかもしれません。
PA282226.jpg
ロマン蔵の外にあったペプシ販売機です。
このタイプのペプシ販売機は、レアものだと思います。
PA282234.jpg
関東居住者にとっては、なかなか行きにくいかと思いますが、別府観光に
合わせて豊後高田観光もこの方面に興味ある方は満足いただけると思い
ます。

それほど作為的な感じはせず、自然体な街並み維持の姿勢は好ましく感
じました。
(現在は、もしかすると整備が進み、テーマパーク的な色合い強くなってい
るのかもしれません。)
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井上義衍老師語録~「諸法の仏法になる時節」~
2012-09-24 Mon 06:00
井上義衍老師語録からです。

諸法の仏法になる時節
 一般の人が諸法というておるのと、仏法でいう諸法とは違うんです。そこに目をつ
けていただかなければならんことがある。

 道元禅師が正法眼蔵 現成公案の巻に「諸法の仏法なる時節」を説いておられる。

 一般の人が「諸法」というのは、実体としてのものを認めるのです。それが中心とな
ってほとんどの人が諸法というておられるんですね。それでは救われんのです。

 そういうように見(けん)を起こして、ものを認めておるような状態ですと、この身心の
実相が分からんのです。自分自身の真相が。

 「仏法なる時節」ということは、諸法といわれておるものが、向うにものとして存在し
ておるように思われているものが、「そうじゃない、この身心の姿だよ」ということです。

 この身心のすべての動きが、仏法でいう「諸法」なのです。次から次へ本当に自在
に動く、それが仏法でいう「諸法」なのです。

 向かえばある。見ようと思うて見えたのではない。向かえばいきなりある。それが
私どもの真相です。

 六根の働き、すべて自分の実物なんです。道そのものの実物なんです。

 人の見解の上に持っている人間(自分)を捨てる、自己を忘ずる体験によって「仏法
なる時節」現成です。

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新宿西口高層ビル街の思い出(NSビルに久しぶりに行ってきました)
2012-09-23 Sun 17:00
昨日土曜日は、新宿高層ビル街にあるNSビルでテニスグッズのバーゲン
があり、車で家内と行ってきました。
(当方はテニスやらないのですが、長男が高校でテニス部在籍のため、そ
の用品調達です。)

久しぶりのNSビルです。
このNSビルは、1982年に建築された高層ビルで建設当時からその斬新
な構造とデザインで人気を博してきました。

写真は、1階ロビーから見上げた世界一の振り子時計「ユックリズム」です。
水力で動くこの振り子時計ですが、銘板によると、周期30秒、振り子の長
さ22.5mの大きさを誇る巨大な時計で、ギネスにも世界最大の振り子時
計として登録されているとのことです。
R0013975.jpg
下の写真は、1階から見上げた29階の空中渡り廊下です。
わかりにくいですが、写真中央少し下に斜めに横切る橋がそれです。
レインボーに光る展望エレベーターもNSビルの名物です。
R0013976.jpg
久しぶりに行って驚いたのが、入居するテナントが減っていたことです。
昔は、29階・30階とも飲食店が入り、行列ができていましたが、現在は
30階は会議室になり、29階も以下のような入居状態です。

隣に都庁が出来ましたが、駅から離れていること、建築から30年経過し
ていることなどもあり、残念ながら昔の勢いはないようです。
(外観、内部ともきれいで、とても30年経過した建物には見えません。いい
ビルです。)
R0013980.jpg
NSビルから見た京王プラザホテルです。
今から30年前にここの44階にある「アンブローシア」というフランス料理の
お店で夜アルバイトをしていたことがあります。

仕事の内容は、厨房からお客様のテーブル近くまで銀のお盆で料理を運ん
だり、ジュース類の準備などでした(実際にお客様に料理をサーブするのは
黒服のプロの方です。)

高層ビルの夜景をぼんやり眺めながら、オレンジを絞っていた当時のこと
を思い出しました。
たまには、昔ゆかりの場所を訪問するのもいいものですね。
R0013978.jpg
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豊島園から江戸時代末期の商家建物「相原正太郎家住宅」まで歩きます
2012-09-22 Sat 15:45
前回、前々回と豊島園界隈の寺社仏閣巡りをしてきましたが、今回はその
他豊島園周辺の見どころ散歩です。

当方小学校低学年時代は、赤羽に住んでいましたが、赤羽から豊島園は
極めて至近なレジャースポットであり、遠足の定番でした。
小学一年のとき、学年全員で豊島園へ遠足に行ったときに写真が残って
います。

東京ディズニーランドもまだない時代ですので、都内における豊島園の存
在は大きく、西武園・(風車のある)ユネスコ村、船橋ヘルスセンター(現:
ららぽーと)、谷津遊園の潮干狩りなどとともに子供にとっては憧れの場所
だったことを思い出します。

また、(こちらは今でもその名残はありますが)梅雨明けにTVで放送される
夏のプール開きの光景といえば、必ず豊島園プールでした。

豊島園は、そのように都民にとってはレジャーの中心として確固たる地位を
しめていましたが、少子化や遊園地以外にも様々なレジャー施設が出来た
こともあり、今は当時の賑わいはもはやなく、遊園地周辺もひっそりとした
感じです。

豊島園正門に向かう商店街です。
かっては遊園地に向かう子供たちの歓声で賑わったこの商店街も、落ち着
いた味のある商店街になっています。
P9154833.jpg
こちらの喫茶店など、のんびりトーストセットでも食べてみたくなる店構えです。
P9154834_20120916181939.jpg
西武豊島線豊島園駅です。
P1090049.jpg
こちらは、ここで終点ですので東武大師線の大師前駅(西新井大師)、西
武球場駅のようにここで線路は行き止まりです。

かっては、休日には多くの来園者で大賑わいだった駅も今は休日といえど
もひっそりとしています。
行き止まりの終着駅は何となくローカル線の風情がありますね。
P1090050.jpg
豊島園から春日町本通りを春日町方面に向かいます。
中之橋から見た石神井川です。

豊島園は、中世豊島氏ゆかりの練馬城あとに建設されています。
この石神井川沿いには、少し上流に石神井城、そしてここ練馬城、下流に
は北区中里の平塚城など中世江戸の主として勢力を誇った豊島氏ゆかり
の城址が点在しています。

護岸整備された石神井川ですが、かっては渓谷の様相を呈していたので
はないでしょうか。
左岸奥の眺めなど何となく中世練馬城の光景を彷彿させるような森風景
です。
P9154842.jpg
春日町本通り沿いには、寺社仏閣が点在しています。
昔からの旧道だと思います
P9154846.jpg
春日町本通りを進みます。
昔懐かしい銭湯建築の「鹿島湯」(春日町3-15-3)です。
こちらには小さいながら露天風呂があります。

最近は、銭湯もビル化が進み、こうした破風造りの銭湯は少なくなっていま
す。
脱衣場の天井には大きな扇風機が回り、折上の天井も見事です。
15:30営業開始ですので夕方の散歩時には一風呂いかがでしょうか!
P1090027.jpg
春日本通りを豊島園から10分強歩くと今日の目的地「相原正太郎家住宅」
が見えてきます。

下の写真で右カーブの右端に少し屋根だけ見えている建物がそれです。
P1090029.jpg
こちらは、江戸時代末期の建物で、農村地帯の商家住宅として貴重である
ことから練馬区の有形文化財に指定されています(練馬区HP

神棚内部の蟇股(かえるまた)裏面に「文久二戌年(1882年)六月吉日」
の墨書があることから、江戸時代末期までさかのぼる建物であることは間
違いないようです。

外観は、萱葺きの上に現在は写真のように鉄板がかぶされていますので、
ぱっと見はそれほど古い建物には見えません。
今の時期は、店先にテーブルが並べられ、かき氷が食べられるようになっ
ていました。
時間の関係で、今回はかき氷食べずにきましたが、ゆっくりかき氷を頂きな
がら貴重な建物を拝見するのもいいかもしれません。
(原則非公開の建物ですが、テーブルから中の様子はうかがえると思います。)
P1090030.jpg
相原家住宅から豊島園方面に戻ります。
帰りは、春日町本通りではなく、1本裏通りを歩くことにしました。

裏通りにあった民家です。
夏のむんむんとした草いきれを感じさせる風景です。
当方子供の頃には、そこかしこにこうした風景がありました。
昔にデジャビュするような気がしました。
P1090036.jpg
豊島園裏の通用門からの光景です。
海賊船(フライングパイレーツ?)の先頭部分に取り付けられていたオブジ
ェでしょうか?
しばしの休息か、引退されたのか?不明ですが、ひっそりと敷地内に置か
れていました。
いずれにしてもお疲れ様でした!!
P1090041.jpg
現在工事中の向山庭園です。
地形的には、写真のようにかなり下って上がる坂道になっており、一番谷
間のところに写真のような池があります(工事中なのでフェンス越しの撮影
です。)
P1090048.jpg
このあたりは、かっての練馬城の濠跡といわれていますので、掘削したの
か、あるいは元々の自然河川流路を利用したのかわかりませんが、地形
的にはいかにもこうした池(濠)がありそうな場所です。
工事中でフェンス越しにしかうかがえないだけにかえって神秘的な感じが
しました(向山庭園は、平成25年4月まで改修中です。)
P1090047_20120916181938.jpg
最後は、2003年開業の日帰り温泉施設、豊島園「庭の湯」です。
地下1445mから汲みあげた天然温泉(ナトリウム-塩化物強塩泉、泉温
33.8度)を利用した多くの風呂があります。

こちらの施設は、中学生以下は入場禁止になっており、落ち着いた大人の
温泉として人気があります。
後楽園の「ラクーア」とともに高級日帰り温泉施設のはしりで、入場料は
2,250円とかなり高めです。

実は当方まだここには入浴したことはありません。
今回も前を通っただけで、次回のお楽しみとして残しておくことにしました。
(当方の場合、どうしても趣向的に先ほどの「鹿島湯」のような昔ながらの
銭湯に引き寄せられてしまいます。)
P9154839.jpg
以上、十一ケ寺から白山神社、相原家住宅、豊島園裏と歩いてきましたが、
意外に(失礼!)見どころが多いエリアです。
アプローチは、やはり西武豊島線で行くのが王道でしょうか。
相原家は、豊島園から徒歩10分強程度歩きますが、あとはいずれも駅から5分
圏内です。

昔に戻って ”大人の豊島園遠足”はいかがでしょうか!!

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練馬白山神社~樹齢900年の巨大欅のパワーを頂けます!
2012-09-21 Fri 19:10
豊島園駅近くには、十一ケ寺以外にも多くの見どころがあります。
今回は、豊島園駅から徒歩5分、少し練馬駅方面に戻ったところにある練
馬白山神社のご紹介です。

こちらには、とてつもなく大きな欅の木があります。
それも1本だけではなく、2本も残っています。

下の写真で鳥居越しに大きな枝を空に広げているのが、その大欅です。
P9154805.jpg
この大欅は、永保3年(1083年)に源義家が「後三年の役」で奥州へ出
陣する際に、戦勝を祈願して奉納されたものと伝えられています。

階段下にある欅です。
樹高19m、幹回り8mあります。
P9154806.jpg
アップの写真です。
写真以上に実物は迫力あります。
P9154807.jpg
階段を上った本殿前にあるもう1本の大欅です。
こちらも、樹高14m、幹廻り7.2mあります。

練馬白山神社の大欅は国の天然記念物に指定されています。
樹齢約900年といわれる都内有数の巨木です。
P9154809.jpg
階段上にある本殿です。
氏子の方でしょうか、暑い中お掃除中でした。ご苦労様です。

それにして住宅地の真ん中に、都内でも有数の巨木が2本も残っているの
は奇跡的です(明治初めには6本の欅があったとのことです。)
P9154812.jpg
こちらの神社は、10月14日が大祭です。
けっして大きな神社ではありませんが、この大欅と接するだけでパワーを
頂けるような気がします。
10月14日は日曜日ですので、ふらっとお祭り見学はいかがでしょうか。
P9154819.jpg
練馬白山神社の前には、一見普通の住宅のように見える建物があります。近寄ってみると---
P9154821.jpg
練馬区唯一の時宗のお寺、「阿弥陀寺」です。
以前、時宗の総本山藤沢の遊行寺のご紹介させて頂きましたが、時宗
のお寺は数が少ないです。
P9154822.jpg
統計の取り方にもよりますが、宗派別に寺院数が多いのは、
①浄土真宗系21000、②曹洞宗系15000、③真言宗系 12000といっ
た順で、時宗は全国で400程度のようです。

やはり遊行の歴史もあり、一か所に定まることなく常に旅をする一遍上人の
宗風が寺院数にも表れているのかもしれません。
P9154823.jpg
阿弥陀寺の前を南に歩くと練馬駅方面になります。
正面建物が練馬区役所です。
地上21階の高層ビルで、20階には展望ロビーがあり、レストランもありま
す。
P9154825.jpg
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豊島園駅前にある小さな寺町(十一ケ寺)案内です
2012-09-20 Thu 20:01
東京練馬の豊島園前にも小さな寺町があります。

元々浅草田島町(現:西浅草二丁目)にあった浄土宗誓願寺の塔頭寺院が
関東大震災後の昭和3年に移転してできた寺町です。

手元にある古地図を見ると、ちょうどROXビルの国際通りを挟んだ反対
側に誓願寺とその塔頭寺院たる十一ケ寺の名が記されています。

本寺たる誓願寺は、多磨霊園前に移転しましたが、今は誓願寺とここ十一
ケ寺は関係ないとのことです。

十一ケ寺入り口です。
広い十一ケ寺内道路の左右に整然と十一の寺院が並んでいます。
P9154779.jpg
十一ケ寺側から見た大江戸線豊島園駅です。
写真からお分かりのように大江戸線豊島園駅のすぐ目の前です。
P9154804.jpg
得生院です。決して広くはない寺域ですが、ゴミ一つ落ちていない境内は
すがすがしい雰囲気です。
P9154789.jpg
迎接院境内です。
緑豊富な境内で豊島園駅前とは思えない風景です。
P9154803.jpg
林宗院です。
枯山水的な庭が印象的です。
P9154795.jpg
本性院です。
何となくユーモラスな2対の像が迎えてくれます。
P9154801.jpg
九品院と蕎麦食地蔵(そば食い地蔵)です。
P9154794.jpg
蕎麦食地蔵の由来については、以下の案内版をご覧ください。
(小さくて見えないかもしれません。)
P9154792.jpg
地蔵堂の脇では、二人の羅漢様が楽しそうにお蕎麦を賞味中です。
白い容器は、徳利のようにも見えますが、そばつゆ入れでしょうか?
P9154799.jpg
十一ケ寺突き当り正面には阿弥陀様がいらっしゃいます。
阿弥陀様より向う側は、十一ケ寺の墓苑が広がっています。
P9154797.jpg
十一カ寺の一つ 仮宿院で開催のお香を楽しむ会の案内です。
参加申し込みは、菩提寺経由とあります。
浄土宗の檀家でないとダメなのかもしれませんが---
P9154798.jpg
豊島園周辺は、他にも見どころ多くありますので、次回その他見どころご紹
介とさせて頂きます。
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武蔵野50m崖線から湧き出る湧水の池(妙正寺池と妙正寺)
2012-09-19 Wed 19:00
武蔵野三大湧水池と呼ばれる池があります。
井の頭池」、「三宝池」、「善福寺池」です。
いずれも標高50~55mの崖から湧き出す湧水を水源とする池です。

この三池に比べると知名度は低いですが、同じような標高にある池が今
回ご紹介の「妙正寺池」です。

このあたり古代より開けた地域のようで、奈良時代の官道の宿駅として
史書にその名がみえる「アマヌマ」をこのあたりとする説もあります。

場所は、西武新宿線井荻駅と中央線荻窪駅の中間くらいのところにあり
ます(住所でいうと杉並区清水3丁目です。)

このあたり、23区杉並区でありながらのどかな武蔵野の風景がまだ残っ
ています。
下の写真は、このあたりの名主をつとめた旧家の門構えです。
P9164858.jpg
お屋敷の前には、竹藪が広がっています。
とても23区内とは思えない風景です。
P9164855.jpg
下の写真も地元の旧家の立派な長屋門です。
"P9164865.jpg"
この界隈は、高家今川家(戦国大名の今川義元の末です。)の領地であり、
その家来的な貢献により、長屋門を建てることを許された旨、案内板に記
されています。
P9164867.jpg
妙正寺川沿いには、このようなかわいらしい像もあります。
P9164875.jpg
これは、地元の小学校の生徒が制作、川沿いに設置したものです。
何となくほほえましい光景です。
P9164879.jpg
ここが妙正寺池です。
すでに湧水は涸れ、ポンプで地下水を汲みあげているようですが、昔の池
の面影を保っています。

ここから流れ出た水は、妙正寺川となり、江古田で江古田川の流れを合流
した後、新宿区落合で神田川に合流します。

現在は、水害対策のために完全にコンクリートで護岸を固められた川です
が、昔の写真を見るとのどかな田園風景の中をゆったりと流れていました。
周辺農地への水供給減としても貴重な存在だったに違いありません。
P9164883.jpg
このあたりが、かっての湧水ポイントではないでしょうか。
右側にある階段と池の段差からかっては崖地であったことがうかがえます。
P9164887.jpg
反対側からみた妙正寺池全景です。
P9164888.jpg
妙正寺池の崖上には、池の名前の由来となった日蓮宗「妙正寺」がありま
す。妙正寺池は、かってはここ妙正寺の境内地でした。
P9164902.jpg
妙正寺は、徳川家光が鷹狩りの際に5石の朱印地を寄進してからご朱印
寺として隆盛を誇ったことが案内に書かれています。
P9164895.jpg
鐘楼越しに見た妙正寺本堂です。
落ち着いた境内です。
P9164899.jpg
井の頭池、三宝寺池に比べると規模も小さく、観光要素は少ないところで
すが、妙正寺&旧家見学とあわせてぶらり散歩はいかがでしょうか。
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E1系Maxラストラン間近です。
2012-09-18 Tue 19:28
(前回のE655系から続きます。)

2012年9月17日、東京駅21番ホームに入線したMaxとき317号E1系
12両編成です。
この車両は、9月29日ダイヤ改正で姿を消してしまいます。
P9174938.jpg

E1系は、1994年に登場した2階建て新幹線ですが、今となっては
・重い車体
・12両編成という中途半端な編成
・車内販売の1F⇔2F行き来出来ないサービス性の悪さ
などがこの時期での引退の理由なのだと思います。
それにしても200系より早く引退とは意外な感じがします。

E1系サイドビューです。
E4系に比べると2階建てという高さを感じさせないデザインです。
P9174940.jpg
フロントマスクも高さを感じさせないいいデザインだと思います。
P9174944.jpg
8月末から最終運用までの1カ月間は、写真の朱鷺誕生のシールが貼られ
上越路で最後の走りを見せています。
P9174942.jpg
7号車指定席1Fの車内風景です。
P9174951.jpg
トイレなどのファシリティがある7号車と8号車の連結部分です。
P9174960.jpg
上下階へわかれる階段です。
E4系よりも高級感があるように思えます。
ゴミ箱が高い位置に設置され、極めて使いやすい場所にあります。
P9174962.jpg
2階席入口は、全面ガラスで明るく開放感があります。
P9174963.jpg
通路から1階席を見たところです
ガラスは曇りガラスになっています(2階は、クリアーなガラスです。)
P9174965.jpg
8号車車椅子対応車両です。
P9174966.jpg
8号車の売店スペースです。
ワゴンによる車販ができないため、売店スペースの品ぞろえが充実している
ような気がします。
車内放送でも”手持ちによる車内販売であること”(正確には覚えていないの
ですが)が案内されました。
P9174968.jpg
冬季のスキー板置き場です。
スキー客の多い上越新幹線ならではのスペースです。
P9174970.jpg
東京駅を10時12分に出発して高崎には11時01分着です。
わずか50分の乗車でしたが、最後にE1系乗ってやはりよかったです。

高崎駅では、写真の黒ダルマが迎えてくれました。
P9174977.jpg
とんぼ返りも芸がないので、駅から徒歩15分くらいのところにある立ち寄
り湯「さくらの湯」で一風呂浴びることにしました。

「さくらの湯」へ向かう途中、上信電鉄の車両が留置されていました。
※後で調べてみると1981年に西武から譲渡された元西武451系で、現
 在は倉庫代わりに留置されているようです。西武451系統では、この車
 体が最後の現存車両のようです。)
P9174989.jpg
結局帰りは残念ながら211系ではなく、E231系でした。
写真は、高崎駅に停車中の両毛線の211系です。
P9174993.jpg
定番のダルマ弁当と鶏めしを購入し、普通車グリーンで上野駅まで戻りま
した。
P9174994.jpg
上野駅に着くと隣ホームに211系が停車していました。
2階建てグリーン2両の編成でしたが、上野駅で211系遭遇できてひとま
ずは今回の目標達成です。
P9174996.jpg
短い旅でしたが、E655系との遭遇あり、E3系R1編成との遭遇もあり、な
かなか充実した鉄道旅になりました。
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9/17(祝)E655系新型お召電車に東京駅中央線ホームで遭遇しました!
2012-09-17 Mon 18:00
先月E4系Maxが東北新幹線から引退する記事を書きましたが、東
北新幹線から移動したE4系に置き換えられる形で、いよいよE1系が今
月9月29日のダイヤ改正により、全面引退となります。

その最後の雄姿を確認すべく鉄道ファンの下の息子とともに本日17日敬
老の日にE1系Max乗車のためだけに東京から高崎まで行ってきました。

帰りは、あわよくば今月からE233系の高崎線運用に伴い、レア化が進む
211系、それも「平サロ」と呼ばれる1階建て普通車グリーンに乗れればと
いう”野望”もあり、祝日の今日、敢行することにしました。
(211系については、10月号の「鉄道ファン」でも特集されていますが、ど
の程度走っているか?だったので行き当たりばったりの計画です。)

10時12分発のMaxとき317号に乗るべく中央線で東京駅へ向かいます。

Maxとき317号がE1系運用であることは、時刻表に「9月29日からは16
両編成」とご丁寧に記載がありますので、E1系運用であることは明らかです。

指定席を確保したのですが、2階はD・E席が取れなかったため、1階にしま
した。

中央線が東京駅2番線に到着すると隣の1番線にチャバネゴキブリのような
色(失礼!)の車両が目につきました。
P9174916.jpg
2007年に1編成だけ新造されたお召列車として利用するE655系です。
(お召専用ではありません。)
P9174910.jpg
時間は、10時少し前です。
試運転という表示が出ていました。
P9174921.jpg
近々山梨、長野方面への皇室、国賓の乗車があるのでしょうか、ホームに
は多くの駅員さんや保安の人が出ていました。
P9174924.jpg
それにしても、車体表面は鏡のような仕上がりです。
中央線ホームの質感まで車体表面に写りこんでいるような感じです。
P9174919.jpg
あとで確認すると3号車と4号車の間に「特別車両E655-1(記号無し)」
が挟み込まれていたかもしれません。

先頭車両ばかりに気を取られ、特別車両を確認することができませんでし
た。
(今度確認してみたいと思います。といっても次はいつになるか?ですが)
P9174923.jpg
乗車するMaxとき317号の時間もあり、後ろ髪ひかれる思いで中央線ホー
ムから東北・上越新幹線ホームへ向かいます。

新幹線ホームでのE2系とE3こまちのドッキング編成です。
このE3系こまちは、ライトが2つのごく普通の量産型です。
ふと隣のホームを見ると----
P9174930.jpg
E5系とドッキングしたこまちR1編成がいました。
この編成、量産に先行して製造されたレア編成で1編成しかありません。
特徴はライトで、1つ目ライトがR1編成の特徴です。
P9174931.jpg
年甲斐もなく、脱兎のごとくエスカレーターを駆け下り、撮った写真が上と下
の写真です。
P9174933.jpg
E655系といい、R1編成といい、幸先よさそうです!
(次回は、今月で全廃となるE1系Max乗車記の予定です。)
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荻窪八幡神社秋祭り~先週の荻窪白山神社に続く第二弾です~
2012-09-16 Sun 18:00
先週は、荻窪駅北口のほど近い荻窪白山神社の例大祭をご紹介させて
頂きましたが、今回は青梅街道荻窪警察前に鎮座する荻窪八幡神社の例
大祭です。
(社宝に勝海舟の大幟がありますが、写真の幟は新しそうです。)

荻窪八幡神社の創建は、古く890年代と言われています。
永承6年(1051年)には源頼義が奥州征伐の途中でここに宿陣して戦勝を祈
願したと伝えられる由緒ある古社です。
P1090083.jpg
その後の文明9年(1477年)江戸城主であった太田道灌は、石神井城主・豊
島泰経を攻める際に、この故事にならってこの神社に武運を祈願しました。
P1090069.jpg
この時植えた槇の樹一株が、500年経ったいまなお神社の境内にそびえる
「道灌槇」で、御神木として今なお崇められています。
P1090070.jpg
説明文です。
P1090071.jpg
青梅街道側(荻窪警察側)から見た参道に並ぶ露店です。
P1090057.jpg
露店の定番、チョコバナナです。
バナナにチョコがかかっただけなんですが、何となく買ってしまいます。
P1090064.jpg
これまた定番の焼きそばです。
これから夜の賑わいに向け、仕込中です。
ウッディな屋台が斬新ですね。
P1090065.jpg
夜には、手品・演芸大会が催される舞台です。
P1090061.jpg
舞台の目の前の広場?にも露店が立ち並んでいます。
この一角に、控えめに『ドラマ「ごくせん」ロケ地』と立て看板がありました。
P1090067.jpg
こちらは、杉並アニメミュージアム側の参道です。
正面に見えるのが、杉並アニメミュージアムです。
P1090063.jpg
ここのところ毎週秋のお祭りがあり、一年で一番いい季節かもしれません。
9/30・10/1には、井草八幡宮の大例祭(200軒以上の露店が出る都
内屈指の大祭です。)が開催されます。
こちらも出来ましたらご紹介させて頂きます。
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ニコンF2 愛用(愛蔵?)の質実剛健・超体育会系機械式カメラです
2012-09-15 Sat 19:00
ローライフレックスF3.5に続き、所有カメラ紹介です。

今回はニコンF2です。

Fの一桁機種(F、F2、F3、F4,F5、F6)は、ニコンのフラッグシップ機
としてニコンのカメラでも別格の存在として主として報道現場でその役割
を果たしてきました。

このF2は、1971年発売のニコン一桁機最後の機械式カメラです。
機械式カメラとは、デジカメ中心の今となっては、死語に近いかもしれま
せんが、電池無でもシャッターが切れる(ねじ・歯車の巻き力でシャッタ
ーが下りる)カメラで、かってのカメラは全部機械式でした。

ニコンF一桁シリーズでも、1980年発売の(これまた名機)F3より電磁
式シャッターにかわっています。
(F3では、非常時にそなえて、それでも1/60は機械式で下りるように
なっています。)

何の変哲もない無骨なスタイルですが、この造りは堅牢そのもの、F2ボ
ディで釘くらい打てるのでは?(冗談ですが)と思えるほど剛性感あるボ
ディです。

どこかで大リーグボール養成ギブス(「巨人の星」です)で絞り上げるよう
なシャッターという表現を見たことがありますが、まさにそんな感じで、”シ
ャキーン”と大きなシャッター音を響き渡らせます。

機械式で1/2000の高速シャッタースピードを叩きだしているのも驚異
的です。

F2には、チタン製の限定版もあり(チタンの中でもネーム無とネーム有が
あります。)、これについては、中古でもプレミアム価格になっています。

また、F2チタンには、ウエムラスペシャルと呼ばれる特別仕様があります。
冒険家のある植村直己さんが北極点単独行の際に使用した特別仕様で
3台製造されました。

1台は、植村さんご実家の兵庫県豊岡市にある記念館に、もう一台は植村
さんのご自宅があった板橋の冒険館に現物が残されています。

残りもう1台は----
今なお植村さんとともにマンキンリーで静かに眠っています。

右はアイレベル、左は露出計付のフォトミックAです。
アイレベルは製造番号7945531ですので1979年6~9月製、
フォトミックAは製造番号7930729ですので、これも1979年3~6月のF2
最後期製の個体です(F2は1980年製が最終機です。)
P1090014_edited-1.jpg
フォトミックAは、露出計付きですので、ファインダーをのぞきながら露出計
の針がちょうどいい位置にくるようにシャッタースピードと絞りを手で合わせ
ることになります(まだ露出計は生きています。)
P1090011.jpg
手でシャッター&絞りを合わせるというと面倒のようですが、日向・日陰そ
れぞれ露出図っておけば、あとは何となく勘であわせても、ネガフィルム
であれば(面倒ならばオーバー気味で撮っておけば)問題なしです。

また、撮る際に事前にシャッタースピード&絞りも設定しておけますので、
距離を合わせておけば、目測でその距離に入ったところでシャッターを切れ
ば、ノーファインダーでも撮影可能です。

先日久しぶりに中野のフジヤカメラをのぞいてみたら、10年前とそれほど中
古価格は変わっていないような感じでした。

基本的に長年使うことは想定されていないデジカメとはやはりモノとしてのも
ちが全然違いますね。

なお、当方のニコンF2ですが、7,8年前にそれぞれ新宿のニコンサービス
センターでオーバーホールをしています。
現在は、メーカーオーバーホールは終了しているかもしれませんが、修理認
定店であれば、全く問題なくオーバーホール&(あるいは部品があれば)修
理可能だと思います。
発売40年以上経ってもいまだにメンテ可能といいうのはやはりすごいです。
(ちなみに1954年発売の初代ニコンFも認定修理店などではまだ修理可能
です。)

デジカメ、それも場合によっては携帯・スマートフォーンのカメラで撮影する昨
今、こうしたカメラの出番もほとんど無くなってしまいました。
(やはり、撮影後の写真整理・電子化利用が面倒ですね。)

もし、1台だけ使うためのカメラを残すということになれば、やはり信頼性の高
さからくる安心感でF2、それも構造がよりシンプルなアイレベルを選択するか
もしれません。
いつでも出動OKなように定期的に空シャッターを下ろしておきたいと思います。
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荻窪ラーメンの源流店の一つ「漢珍亭の(煮玉子入り)ラーメン」を久しぶりに食べてきました。
2012-09-14 Fri 19:30
当方、わざわざラーメンだけを目的に出かけるほどラーメンファンではない
のですが(+αの店構えなどにひかれて行くことはありますが)、地元荻窪
が東京ラーメンの有名店が多いこともあり、割と日常的に外でラーメンを食
べています。

以前荻窪駅北口紹介の際に「春木屋」を軽くご紹介させて頂きましたが、
今回はもう一つの荻窪ラーメンの源流店「漢珍亭」のご紹介です。

こちらは戦後すぐ1949年創業、デビュー前の若き森進一さんがアルバイト
していたとの伝説(短い期間ですが事実のようです。)を持つ老舗ラーメン店
(中華料理屋)さんです。

戦後当初から営業の「春木屋」「丸長(南口、つけ麺)」と並んで荻窪ラーメ
ンの知名度を全国的に高めたラーメン店の一つでもあります。

老舗店ではありますが、わずか10席程度のカウンター席のみのいたって庶
民的な店構えでお客さんもそうした歴史を持つ老舗とは知らずに気軽に入っ
ています。

場所は、荻窪駅北口にあるタウンセブンにあります。

タウンセブンというのは、戦後北口マーケットが発展してできた様々なお店が
入居する商業施設なのですが、今なおその戦後闇市的な雑多な(失礼!)雰
囲気は残っており、荻窪住民にとっては買い物の聖地のような存在です。
(中野ブロードウェイに何となく似た雰囲気といえばイメージつくかと思います。)

特に”魚耕”と”東信水産”の2鮮魚店が同居する鮮魚に関しては、中央線沿
線でも屈指の鮮度と安さになっています。

中野ブロードウェイ同様、こちらも西友と同居しています。
B1・1F  半分がタウンセブン、半分が西友食料品店
2~5F   西友(食料品以外)
6F     半分がタウンセブン、半分が西友(家電)
そのうえ、各階で荻窪駅ビル的存在のルミネとつながっているという複雑な店
舗構成になっています。

漢珍亭のアクセスですが----
”目指す漢珍亭は、このタウンセブンの2階にあります”
と書くと少しイメージが違います。

漢珍亭は、タウンセブン&西友の複合ビルの2F部分の一部を間借りして入居
している感じで、タウンセブン&西友ビル店内からは入れません。

店に入るためには、ルミネとタウンセブン&西友ビルの間の通路にある階段を
上って店内に入る必要があります。
(荻窪駅北口階段を上がってルミネ沿いに歩いていくと下の看板があります。)

R0013972.jpg
階段途中にあるメニューです。
(営業時間は昼は15時までですので、ご注意下さい。)
R0013970.jpg
階段を上がったお店の入り口です。

入り口を入ると三角定規の2辺にカウンター席があり、三角定規の長辺を
膨らませたところが(料理する2人が入るのがやっとの広さ)厨房です。

注文を受けたり、お水を出したりする店員さん(1名)のスペースはありませ
んので、一番奥のレジあたりにて(混んでいるときは店員さんは)立ち状
態で待機することになります。

奥のカウンター席に行く曲がり角の左手に奥まった棚がありますので、狭い
店内で快適に食べるためにも、お客さんはここに荷物を置くというのが漢珍
亭のルールになっています。
※あとは、昼食ピーク時のお子さん連れもご遠慮という貼り紙もあったよう
な気がします。

こう書くと何だか面倒でうるさそうな感じがしますが、そんな雰囲気はありま
せんのでご安心下さい。
R0013968.jpg
今日は、ラーメン&煮玉子入りをオーダーです。

この煮玉子ですが、ここがルーツとか丸福がルーツとか言われていますが、
しっかり煮込まれた白身の中まで味のしみたおいしい煮玉子です。

見た目はスープ濃そうなスープですが、あっさりストレートな醤油味のラーメ
ンです。
今回もスープまで完食し、女性店員さんへお勘定を払います。
R0013967.jpg
漢珍亭帰りには、先ほどのタウンセブンB1Fの鮮魚コーナーもおすすめで
す。

昭和30年代から営業を続ける魚耕と東信水産が今なおライバルとして同
じフロアーで営業を続けています。
荻窪来訪時にはこちらもぜひのぞいてみて頂ければと思います。
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井上貫道老師参禅会参加報告&井上義衍老師語録(「なにもしない」「ある」)
2012-09-14 Fri 06:00
【坐禅会参加報告&ご案内】

先週土曜日(9/8)は、月1回の中野坂上成願寺で開催されている井上貫道老師
月例坐禅会に行ってきました。

朝からの坐禅会参加者は少なかったですが、午後からの参加者は多く、結局いつも
と同じくらいの参加人数になりました。

昼食後のスケジュールは、13時から坐禅一炷(後半は普勧坐禅儀読誦)、14時か
ら井上貫道老師による正法眼蔵提唱(現在「無情説法」です)、15時からはご老師
を囲んでのお茶を飲みながらの茶話会になります。

茶話会もたっぷり1時間の時間を確保頂いていますので、坐禅中の疑問点など自由
に質問することができます。

1炷坐ってそのまま解散という坐禅会が多いかと思いますが、午前・午後で4炷坐り
その後の1時間の提唱&1時間の茶話会まで組まれた坐禅会はなかなかないと思い
ます。

禅会の作法に則った全員での昼食(各自持参)も坐禅修行ですので、もちろん朝から
通して参加できれば一番いいのですが、坐禅初めての方は、まずは午後からの部分
参加というのも一つの方法かもしれません。
(会費は、フル参加でも部分参加でも1日1,500円です。)

次回は、10月6日(土)の開催です。
坐禅ベテランの方にも、坐禅初めての方にもどちらにもぜひおすすめの坐禅会です。


また。第一・第三土曜日には、井上貫道老師座禅会の世話役の豊島徹禅さん主催で
夜の坐禅会が開かれています。
次回は、9月15日(土)17:30から中野坂上成願寺の南書院で開催です。
こちらも経行(歩く坐禅)を挟んでたっぷり3炷坐りますので、土曜日の坐禅機会を求
めている方にはおすすめです。

月例坐禅会に比べると参加者は少ないですが、こちらも3炷目には普勧坐禅儀を全
員で唱えて終了する本格的な坐禅会です。

参加ご希望の方は、どちらの坐禅会も主催の豊島徹禅(とよしまてつぜん)さんまで
ご連絡頂ければと思います(連絡先:090-7288-4191)


【井上義衍老師語録】
上記の井上貫道老師坐禅会で頂いた「井上義衍老師語録」(プリント)からのご紹介
です。

1.なにもしない
老師 「なにもしない」ということは、わたしどもの機能としての働きに手をつけないと
    いうことです。

2.ある
問い  老師のお話を聞いておりますと、よく「時計の音がある」という表現がござい
   ます。
   普通わたしたちの常識では、「時計の音が聞こえる」とか、「時計の音を聞く」
   といいます。
   この「---がある」という表現は、特別な意味があるのでしょうか。

老師 (ちょうど時計が時を告げている)このように、時計の音がしますと、否応なし
   にそのとおりのことがあるあるんです。
   耳にものが聞こえる。ね、聞くんじゃないんです。本当はね、あるんです。
   ただ、ある
   「聞く」という言葉がありますが、それには聞く主人公がいる、我見がある様子
   です。
   「わたし」が聞く。それから、「聞こえる」というと、一歩進んで我見がややなくな
   った状態です。
   それでも、「聞こえる」というと、「わたし」が受ける様子がある。
   時計の音がしていますが、時計にもこの身心にも主体のない在り方ですから、
   「聞く」とも「聞こえる」ともいわずに、「ある」というんです。
   環境とこの身心とは、いつでも知らんうちに活動しているんです。
   知ってから活動しているんではないです。
   知らんうちに活動しておるということは、法界(ほっかい)と真如(しんにょ)そのも
   のだということです。 
  (「環境」とは、そのときどきに出会う、事項。思いも加えたらいいでしょうか。)

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いよいよ烏山寺町最終回 高源院の鴨池です
2012-09-13 Thu 19:30
(その5)最終回です。

最後は、烏山寺町のシンボルともいえる高源院の鴨池及びその周辺の
寺院紹介でしめたいと思います。

妙壽寺の道路を挟んだ向かい側に浄土宗「専光寺」があります。
こちらも、震災後の昭和2年、浅草からこちらへ移転してきました。

こちらには、浮世絵の「喜多川歌麿」のお墓があります。
安藤広重のお墓も浅草にあった東岳寺にありますが、こちらも前回圓楽
師匠で紹介の足立区の伊興寺町に今はあります。
当初は浅草に眠った浮世絵の両巨頭である歌麿も広重も今はお互い東
京郊外?にわかれて静かに眠っています。
P9094686.jpg
いよいよ大詰めに近づいてきました。
真宗大谷派「永願寺」です。
こちらも浅草から昭和11年に移転してきました。
朝の時間でしたので、お寺の方が境内の清掃中でした。
P9094683.jpg
最後は、烏山寺町唯一の禅宗臨済宗のお寺「高源院」です。
普段、坐禅で禅宗のお寺にお世話になっていることもあり、何となく禅宗の
お寺は親しみがわきます。

こちらのお寺は、品川から昭和11年に移転してきました。
烏山寺町のお寺はどこもそうですが、もう創建時から烏山にあるかのように
ここ烏山の地に根付いています。
P9094671.jpg
高源院境内を入って左手に進むと写真の鴨池が見えてきます。
寺町通りからは、ここにこんなに素晴らしい池があること想像もできません。
P9094673.jpg
浮御堂です。
なかには弁財天がまつられています。
P9094674.jpg
秋も深まると、この鴨池には、遠くシベリアからマガモ、カルガモ、コガモが
飛んでくるということです。

また、こちらの鴨池の湧水は涸れたことはなく、目黒川に源流として昔から
灌漑用水としても欠くことのできない水資源でした。
P9094675.jpg
寺町通りの竹藪です。
京都嵐山とまではいいませんが、このエリアは本当に静かな環境が息づ
いています。
P9094680.jpg
新宿から京王線で20分強で千歳烏山駅に着きます。
少し涼しくなったら、東京寺町巡りの1つとしてお散歩いかがでしょうか!!
※今回は、中央高速向う側の妙高寺はご紹介できませんでした。
 天保の改革の「水野忠邦」、日本画家の「速水御舟」が眠る古刹です。
 ぜひこちらもご訪問下さい。
※この記事を書くにあたっては、「烏山仏教会さんのHP」を参照させて頂
 きました。
 充実した内容のHPで烏山寺町巡りの際の情報収集には大変役に立ちま
すので、おすすめです。
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烏山寺町 もう一つの寺町通りを歩きます(妙善寺~妙壽寺)
2012-09-12 Wed 19:44
(その3)から続きます。

今回は、メインの寺町通りの1本奥(松葉通りから見て)に並ぶお寺の
紹介から始めたいと思います。

まずは、浄土真宗本願寺派「妙善寺」です。
世田谷区教育委員会作成の案内版に記されているように元々はこちらも
築地にあったお寺が昭和2年に移転してきたものです。

左右対称の花頭窓が印象的な建物です。
こちらには、為永春水のお墓があります。
江戸時代の人情本作家で、その作風はのちの永井荷風にも影響を与えた
とのことです。

永井荷風の「墨東綺譚」や「断乗亭日乗」などを読めるのも遠く遡れば
為永春水のおかげかな~と思うと何となく感慨深いものがあります。
P9094764.jpg

P9094765.jpg
続いてそのお隣、浄土真宗本願寺派「万福寺」です。
こちらも関東大震災後に築地から昭和3年に移転してきました。
P9094767.jpg
万福寺周辺の道です。
緑豊かで、凛とした寺町通りとは、また違った味わいのある道です。
P9094769.jpg
少し進んで小道を右折します。
女子スポーツの名門「日本女子体育大学」のテニスコートです。
厳しい練習が毎日行われています。
P9094770.jpg
烏山寺町最大の敷地面積を誇る法華宗(本門流)「妙壽寺」です。
こちらは、江東区猿江から大正13年に移転してきました。
P9094689.jpg
山門をくぐると緑多い境内に写真のような東屋がありました。
お墓詣りの方の休憩場所でしょうか。
P9094690.jpg
明治期の鍋島侯爵家から移築された客殿です。
P9094691.jpg
こちらは、関東大震災で焼けた鐘です。
「名工藤原正次」鋳造の名品とのことです(鐘についてはあまり詳しくない
ので藤原正次という人がどれくらいすごいか知らないのですが---)
大鐘楼
こちらにも、宮沢賢治の詩碑がありました。
「雨ニモマケズ」詩碑です。
P9094698.jpg
いよいよ次回は、世田谷百景「高源院の鴨池」紹介で、烏山寺町紹介も最終回です。
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烏山寺町の中心部散歩です(その3)~広大な敷地を誇る幸龍寺からスタートです~
2012-09-11 Tue 20:02
(その3)です。

烏山寺町巡りの第三弾です。
各寺紹介を始めたら、意外にも長くなっており申し訳ありません。
今後散歩される方のガイドとして少しでもお役に立つべくもう少しご紹介
を続けさせて頂きます。

烏山寺町でも屈指の敷地面積を誇る日蓮宗「幸龍寺」です。
徳川家康が祖母のために創建したのが、始まりで、以降家康とともにお
寺は駿府、江戸と写りました。
烏山寺町には、大正12年に湯島からへ移転してきました。

山門をくぐると、左手に広い墓地が広がります。
西蓮寺とここ幸龍寺、これからご紹介の妙壽寺あたりが、烏山寺町では
広大な寺域を有する大寺です。

幸龍寺には、東京街歩きでよく目にする「江戸名所図絵」を描いた江戸
時代の画家 長谷川雪旦のお墓もあります。
P9094718.jpg
山門を入って右手には、加藤清正縁の品を収める清正公堂です。
こうりゅうじかくど
清正公堂左手の浄行菩薩像です。
水盤の上にお立ちになられています。
P9094722.jpg
幸龍寺のお隣さん、浄土宗「稱往院」です。
こちらは、昭和2年に浅草から移転してきました。
江戸時代の俳人宝井其角のお墓はこちらです。
P9094708.jpg
「そば禁制」の石碑です。
浅草にあったころ、参詣者にふるまったお蕎麦がおいしいと評判になり繁
盛したそうです。
しかしながら修行の妨げになるとお寺では蕎麦を禁止した際の石碑です。

お酒を禁ずる「不許葷酒入山門」碑は、よくお寺で見かけますが、「蕎麦禁
止」は珍しいですね。
P9094711.jpg
稱往院のお隣りは、浄土宗「宗福寺」です。
こちらも昭和3年に日暮里から移転してきました。
バス停「寺院通四番」は門前になります。
P9094704.jpg
宗福寺のお向かいさん、真宗大谷派「存明寺」です。
もとは、港区天現寺橋あたりにあったお寺で昭和2年にこちらへ移転して
きました。
親鸞聖人の教えを学ぶ「樹心の会」を開催されるなど活発に活動されてい
ます。
存明寺ご住職様のブログです。
P9094715.jpg
会場をしらせるチラシです。
P9094716.jpg
存明寺のお隣、築地本願寺を髣髴させる浄土真宗本願寺派「妙祐寺」
です。
やはり、このインド風の外観、お西さん系列のお寺でした。
こちらは、渋谷宮益坂から太平洋戦争後の昭和23,4年にかけて移転して
きた多聞院と同じくニューカマーです。
P9094713.jpg
インド風妙祐寺の隣は、法華宗(本門流)「永隆寺」です。
山門には、法華宗東京教区宗務所とあります。
宗務をご担当されているのだと思います。

こちらには、三遊亭圓生師匠のお墓があります。

先日お弟子さんの圓楽師匠も亡くなりましたが、当方の世代は圓生師匠
の現役時代をどうにか知る世代です。
※関係ないですが、圓楽師匠は、同じく東京の寺町足立伊興町の浄土宗
 のお寺「易行院」のお生まれです。
P9094705.jpg
各寺院それぞれ歴史を持ち、寺社仏閣あるいは掃苔(お墓参り)に興味あ
るかたも楽しめるエリアかと思います。
(その4)に続きます。
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いよいよ寺町のメインストリートに入ります~玄照寺から多聞院まで(その2)~
2012-09-10 Mon 20:00
(その1)から続きます。

松葉通りから、左に斜めに入り、寺町通りへ向かいます。
写真は、日蓮宗「玄照寺」です。
こちらは、芝白金に創建され、昭和2年に烏山へ移転してきました。
本堂右手には、大きなしだれ桜の木がありますので、春にはそれはそれは
見事な桜の花を咲かせることと思います。
P9094754.jpg
玄照寺の向かい側の日蓮宗「妙揚寺」です。
こちらは、昭和3年に谷中から移転してきました。
P9094757.jpg
山門前に、宮沢賢治の言葉が書かれていました。
当方、昔から宮沢賢治ファンで10年以上前から「宮沢賢治学会イーハト
ーブセンター会員」になっています。
会員といっても特に何かしているわけではありませんが、こうした言葉を見
ると、賢治の心のサポーターとしては、何となくうれしくなります。
P9094758.jpg
続いて、妙揚寺の隣、浄土宗「源良院」です。
こちらは、震災後の大正14年に移転してきました。
本堂には、火伏観世音菩薩像が安置されています。
江戸時代の振袖火事の際に、この観音様が延焼を防いだとの謂れがある
そうです。
P9094759.jpg
源良院を過ぎたあたりの風景です。
このあたり、高いビルもなく写真のようなのんびりした風景が広がっています。
やっぱりこうした景色は貴重ですね。
P9094762.jpg
寺町のメインストリートに出ました。
ここを【烏01】バスが北に走っています。
寺町通りは、落ち着いた雰囲気で本当に京都に来ているような錯覚に陥り
ます。
P9094703.jpg
真宗大谷派「乗満寺」です。
こちらは、大正14年上野車坂(上野駅公園口から旧聚楽方面に下る坂で
す)から移転してきました。
P9094730.jpg
烏山寺町には珍しい真言宗豊山派の「多聞院」です。
こちらのお寺は、もともと新宿駅からほど近い甲州街道沿いにありましたが、
太平洋戦争の戦火により伽藍は焼失し、戦後昭和24年に移転してきました。
烏山寺町では、最近仲間入りのニューカマーです。
P9094731.jpg
境内の観音様です。やさしい慈悲深い表情が印象的です。
P9094735.jpg
地蔵菩薩様です。
P9094737.jpg
憤怒の相で火焔を従えた不動明王です。
サイズの関係もあり、何だかユーモラスで優しそうな感じです。
P9094738.jpg
真宗大谷派「入楽寺」です。
こちらは昭和2年に浅草から移転してきました。
こちらのお寺は、寺名などの表示がなく、通り過ぎてしまいそうでした。
P9094728.jpg
浄土真宗本願寺派「常栄寺」です。
ちょうど本堂を改築中でした。
「通り抜けにご不便おかけして申し訳ありません」といった趣旨の紙が
門下に貼られています。
こちらが申し訳なってしまうような丁寧な貼り紙が印象的です。
P9094727.jpg
(その2)の最後は、浄土真宗本願寺派「源正寺」です。
こちらは、関東大震災後、大正13年に築地から移転してきました。
寺宝が玄関脇にある天水桶で、江戸時代の年代物です。
P9094725.jpg
ここまでで11寺です。
長くなりましたので、(その3)で続きご紹介させて頂きます。
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世田谷の小京都 ~烏山寺町散歩(その1)松葉通り沿いのお寺から開始です~
2012-09-09 Sun 18:07
以前の記事で「東京の寺町」をご紹介させて頂いたことがあります。

カテゴリーは作成したのですが、該当記事を書いておりませんでしたので
その第一弾として自宅から最も近い世田谷千歳烏山の烏山寺町をご紹介
したいと思います。

烏山寺町は、京王線千歳烏山駅東口から1kmくらいのところに位置し、千
歳烏山駅から関東バス【烏01】系統久我山病院行き乗車が便利です。
このバスは、寺町のメインストリートを貫通して走ります。

「寺町通り」は、久我山方面へ向かっての一方通行ですので、バスは行き
は「寺町通り」、帰りは「松葉通り」を通る循環バスのイメージです。

車の場合、松葉通り沿い、久我山病院、国学院久我山高校に向かったとこ
ろにコインパーキングがありますので、そちらに駐車すると便利です。

下の写真は、寺町の地図です。
卍卍卍だらけです。
この狭いエリアで、その数26寺。
まさに寺町と称するに値する寺院密集度です。
P9094668.jpg
のちほど紹介させて頂きますが、このエリアのお寺に「喜多川歌麿」や「為
永春水」など江戸時代に活躍した絵師、作家のお墓もあります。

もちろんこのあたりに住んでいたわけではなく、江戸時代その菩提寺だっ
たお寺が関東大震災後にここ烏山に移転してきたため、江戸期の有名人
のお墓も今こちらにあるという次第です。

元々は、浅草、築地、本所、深川などにあったお寺で、宗派も様々です。

宗派を見ると、真宗大谷派、浄土真宗西本願寺派、浄土真宗本願寺派、
浄土宗、日蓮宗 法華宗、顕本法華宗、臨済宗、真言宗豊山派と浄土真
宗、日蓮宗系のお寺が多く、真言宗、禅宗臨済宗がわずかといった感じ
です。

寺町巡りを始める前に、中央高速高架下の道沿いにある「世田谷区烏山
総合支所」に立ち寄ります。
寺院通り一番のバス停留所で下車し、一つだけ中央高速の駅寄りにある
「妙高寺」を参拝し、それから立ち寄ってもいいかと思います。
P9094741.jpg
烏山地区の公民館のような存在で1Fに寺町を紹介した写真などの展示が
あります。
また、下記の寺町マップを無料で配布しています。
イラストで描かれたわかりやすい地図ですので寺町散歩には必携です。
P9094776.jpg
いよいよ寺町巡り開始です。
「世田谷区烏山総合支所」を新宿方面に歩いてすぐ左に入る道が寺町の
メインストリートなのですが、今回はもう少し新宿方面に歩き、松葉通り沿
いにあるお寺からまわります。
下の写真は、寺町通りへの入り口です。
P9094740.jpg
少し歩くと松葉通りに出ます。ここを左折です。
正直、松葉通りは、普通の住宅街の道路といった感じで、残念ながらあま
り寺町らしさは感じられません。
P9094743.jpg
そうは言っても、ということでまず最初のお寺 浄土真宗単立「①順正寺」で
す。
こちらのお寺は、高柳山と号し、足利時代中期に、赤坂に創建され、その後、
鮫河橋(四谷)、千駄ヶ谷を経て昭和5年に烏山寺町に移転してきました。

境内本堂脇の松の木が見事です。
P9094744.jpg
順正寺の向かいにあるのが、真宗大谷派「②西蓮寺」です。
こちらは、桜田門に創建され、その後、虎の門、三田と移り、昭和14年に
烏山に移転してきました。
立派な山門です。
P9094747.jpg
西蓮寺前には、久我山病院発の千歳烏山駅行バスの停留所(西蓮寺前)
があります。
P9094746.jpg
西蓮寺の隣が、顕本法華宗「③常福寺」です。
顕本法華宗とは、あまり聞かない宗派ですが、明治になって日蓮宗から分
かれた宗派のようです。

こちらのお寺、建物は寺院らしくありませんが、タヌキの置物が何と言って
も目立ちます。
タヌキの置物マニア?の方なら垂涎のお寺さんではないでしょうか。
P9094750.jpg
福徳円満を象徴しているとのことです。
P9094751.jpg
以上、松葉通り沿いの3寺のご紹介です。
以降、(その2)へ続きます。
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荻窪白山神社 秋のお祭りです~荻窪界隈はこれから秋祭りが続きます~
2012-09-08 Sat 20:00
荻窪・西荻窪界隈は、いよいよ秋祭りの季節になります。

 9月7・8日     荻窪白山神社例大祭
 9月15・16日   荻窪八幡神社例大祭
 9月30・10月1日 井草八幡宮例大祭
と楽しいお祭りが続きます。
特に井草八幡宮の例大祭は、広大な境内に200軒以上の夜店が並ぶ
都内屈指の大きなお祭りです。

まずはその先駆けとなる荻窪白山神社の例大祭紹介です。

荻窪白山神社は、荻窪駅北口線路沿いの「観音押出し(かんのんおんだし)」
にあります。

「押出し」とは、坂道での荷車後押し業をいい、荻窪界隈には、この「押出し」
という地名がいくつか残っています。

環八沿いの萩寺「光明院」からタウンセブンで青梅街道に出るまでの道を「観
音押出し」といい、荻窪白山神社もこの観音押出し沿いにあります。

タウンセブン近くのお祭りの会所です。
お祭り気分が盛り上がります。
R0013934.jpg
神社の参道入り口です。
普段は静かな神社参道に夜店が並びます。
R0013962.jpg
神社由来記にもありますが、ここ荻窪八幡は「歯の神様」として知られてい
ます。
境内に生えていた萩で作った箸で食事をすると歯の痛みが治ったという故
事からその信仰は生まれたとのことです。
R0013963.jpg
参道の夜店風景です。
いくつになってもこの風景はワクワクします。
R0013960.jpg

R0013954.jpg
テーブルがある大規模な露店です。
やはり我慢できずに生ビール&もつ煮で乾杯です。
R0013947.jpg
大きな御神輿が鎮座しています。
これは男神輿でしょうか?

ここ荻窪白山神社のお祭り名物に「女みこし」があります。
例年100名を超える女性が参加し、女性だけで担ぐその光景は迫力があ
ります。
R0013949.jpg
荻窪白山神社の本殿です。
参拝の方々が、列をつくっています。
当方もビール飲む前に、お参り済ませました!
R0013944.jpg
10月1日の井草八幡の例大祭も機会あればご紹介できればと思います。
青梅街道にもお祭りの提灯がずらりと飾られ、荻窪界隈はお祭りづいてい
ます。
お祭りが終わると本格的に秋ですね。
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【渋72】渋谷駅~五反田駅東急バス~目黒不動尊の境内に突入します!~
2012-09-07 Fri 19:56
年に何回か路線バスを乗り継いで旅をする「路線バス乗り継ぎ」の人気旅
番組が放送されています。
(太川陽介さんや蛭子能収さんがよく出演されています。)

当方、杉並から横浜まで毎日通勤していますが、路線バスで乗り継いで帰
ったらどうなるか? 確認してみました。

もちろんYキャット経由で羽田空港まで行って、”飛び道具”であるリムジンバ
スを使えば楽勝ですが、今回はそれは封印です。

意外に行けそうです。
例えば
【市29】横浜駅東口→鶴見駅      横浜市営バス
【川50】鶴見駅西口→川崎駅西口    川崎臨港バス
【反01】川崎駅西口北→五反田駅    東急バス
【渋72】五反田駅→渋谷駅東口     東急バス
【渋66】渋谷駅西口→阿佐ヶ谷駅    京王バス
【荻15】阿佐ヶ谷駅→荻窪(長久保行き)西武バス
などです。

ここでのポイントは、多摩川を越える【反01】の存在です。
これがあるがゆえに東京方面にルートが広がります。

そのうち会社帰りにチャレンジしてみたいと思いますが、今回はこの中でも
特に興味のある【渋72】系統 五反田駅⇔渋谷駅(東急バス)をご紹介した
いと思います。

今から30年前になりますが、学生時代に鉄研仲間のHくんとわざわざこの
路線に乗りに来た記憶がありますのでなかなか歴史ある路線です。

バスファンには有名かと思いますが、何がすごいかというと、このバス路線
目黒不動尊の境内に躊躇なく突入します。

以下のその様子をご紹介したいと思います。
下の写真は、五反田から目黒不動尊へ向かうかむろ坂通りの西五反田四
交差点を目黒不動尊側へ入ったところです。

縁日の際には通り抜け出来ない立て看板がありますが、ここは普通の道路
です。
P9024599.jpg
しばらく行くと問題の目黒不動尊への突入口になります。
下の写真の向うから来る車の道が境内への向かう道です。
P9024600.jpg
細い参道を行くと目黒不動尊の山門です。
P9024602.jpg
当然侵入禁止の車止めがありますが、この【渋72】だけは、境内に突入可
能です。
P9024637.jpg
下の写真は、渋谷⇔五反田行きの逆方向のバスになります。狛犬の向う
に五反田行きのバスが停車しています。
P9024611.jpg
バスは、専属の案内役の人が車止めをどけると参道を通り抜けて---
P9024612.jpg
五反田駅方面に走り抜けて行きます。
五反田行きのバックビューです。
昔(30年前)は、もっと境内そのものに突入する感じがあったのですが
境内に道路が整備されたためか、それほど意外感は感じませんでした。

しかしながら一般車通行禁止の山門前を通過するこのバスはやはり貴重
な存在です。
P9024614.jpg
せっかくでので目黒不動尊境内案内です。
境内は、台地と平地の境に位置しており、その境に崖からは写真のように
独鈷の滝が落ちています。
右端は、水かけ不動です。
P9024615.jpg
ここは今なお行者の修行の場となっており、霊場の雰囲気を色濃く残して
います。
P9024621.jpg
こちらは、江戸三十三観音霊場の第三十三番札所(結願寺)であり、関東
三十六不動の第十八番札所になっています。

左が江戸観音のご朱印(聖観音)、右が不動霊場のご朱印(不動明王)です。
P9024643.jpg
目黒不動尊参道にある鰻屋さんです。
鰻を店頭で焼くいい匂いが参道に漂っていました。
P9024638.jpg
こちらは、石古坂沿いにあるお米屋さんです。
お店から少しはみ出した感じで「おやき」を売るスペースがありました。
夏の間はお休みで、涼しくなったら開始します!と案内がありました。
涼しくなったら食べにこようかと思います。
P9024642.jpg
以上、【渋72】系統バスと目黒不動尊紹介でした。
身近な路線バスの旅もまたいいものです。
【渋72】に乗車して目黒不動尊参拝はいかがでしょうか!
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9月度中野坂上成願寺井上貫道老師坐禅会ご案内&お気に入りの坐禅ズボン
2012-09-06 Thu 20:10
今週土曜日9月8日は、成願寺井上貫道老師月例座禅会です。
先月は、成願寺本堂地下坐禅堂での開催でしたが、今月は従来通り、
別棟の南書院での開催になります。

坐禅会は、午前中朝9:30からスタート、各自持参した昼食を挟んで午後
は16:30頃までの開催です。
(途中からの参加も可能です。)

参加にあたっては、事前に坐禅会世話役 豊島(とよしま)さんに事前に電
話(090-7288-4191)まで入れておくとスムーズです。
坐禅を始めてみたい方、ご参加いかがでしょうか!!

さて、話は変わり、坐禅の際のズボンについてご紹介です。

当方が坐禅用ズボンに求める要件は、以下のようなことです。
 ①足を締めつけないこと
 ②腿にのせた足や坐蒲に坐ったお尻が滑り落ちない素材であること
 ③通勤カバンに入れて持っていくことがあるので、軽くてかさばらないこと
 ④あまり(色合い)がハデでないこと

以上の要件をかなりの水準でクリアしてくれているのが、写真のユニクロの
ズボンです(デカパンで恥ずかしいですが---)

このズボン、いつもあるわけではないようですが、季節的に店頭に並んで
います。
左の①グレーのズボンが初めに購入したもので、生産国を見ると中国製で
す。右の②カーキー色のズボンが最近購入したもので、カンボジア製です。

両方とも作務衣のように、前で紐を結ぶタイプで、ほとんど同じ仕様ですが
②は後ろのポケットが2つになっています。

履き心地は、①のほうがごわごわ感が強く、②はソフトな感じです。
P9044666.jpg
たたむとこんな感じです。
重さは何と!350gと極めて軽いです。

作務衣のズボンもいいのですが、上は通常のシャツで坐ることが多いため、
何となくチグハグ感があります。

運動用のいわゆるジャージも伸縮性の点ではいいのですが、厚みがあり、
かさばるのが難点です。

また、ランニングの際によく着るウィンドブレーカー用のつるつる生地のズ
ボンは軽くていいのですが、腿に足にのせた足や坐蒲からお尻が滑り落ち
着きません。
P9044667.jpg
ということで、当方はユニクロズボンを愛用しています。
特に②カーキー色のズボンは組合せにもよりますが、家からそのまま坐禅
会にはいていってもそれほど違和感ありません。

袴、作務衣着用の古参の方多い坐禅会もありますが、このズボンなら違和
感もなく気軽な坐禅用ズボンとしておすすめです。

坐禅用ズボンお探しの方、値段も安くお手頃ですので、一度手に取って確
認されてはいかがでしょううか!
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下仁田町本宿の街並み(こちらもいい街並みが残っています!)
2012-09-05 Wed 19:50
下仁田界隈の紹介は、これで最後になります。

今回は、南牧村から一度下仁田駅方面に戻り、そこから北西方面の軽井
沢に抜ける道沿いの宿場「本宿」です。

前回までの「砥沢」「不動寺」は、下仁田駅から南西方面になります。
(地図でいうと下側)

中山道の裏街道の宿場町として賑わいを見せたかっての面影が今なお残
っています。

町は、下の写真のように川に沿って宿場町が形成されています。
PA055769.jpg
三階建ての感じでしょうか。
PA055722.jpg
254号から橋を渡り、本宿内に入ったあたりの街並みです。
郵便局があり、町の中心になります。
PA055721.jpg
食事処を兼ねた旅館です。
こういう宿に泊まってのんびり宿場巡りもいいですね。
PA055777_20120901140101.jpg
すでに営業はしていないようですが、旅館大丸屋とあります。
街道筋の宿場として賑わいを見せたころには、街道を行き交う多くの旅人が
泊まったのではないでしょうか。
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大丸屋旅館前にあった年代物のベンチです。
「下仁田更生保護婦人会」とあります。
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和菓子の古月堂です。
本宿どうなつが名物で当方もお土産に買いましたが、本当においしいドー
ナツでした。
本宿訪問の際は、ぜひおすすめです。
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このときの食事は、古月堂並びの「手打ちそば そばのれん」で蕎麦を頂き
ました。
おいしいお蕎麦でした!!
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PA055758.jpg
以下は、古月堂からゆるやかに下る宿場の風景です。
PA055732.jpg
こちらの宿場もガイドブックには、あまり掲載されていませんが、比較的規
模も大きく写真のような街並みが続いています。
PA055735.jpg
「さかえや食堂」 こちらもいい味出しています。
PA055752.jpg
宿場を下りきったあたりから中心部方面を見た風景です。
PA055748.jpg
看板の文字が薄くて読みにくいですが「菱木百貨店」でしょうか。
奥に見える黄色のパンの看板も懐かしい感じです。
PA055750.jpg
宿場から脇に入る路地の光景です。
PA055731.jpg
道端には、湧水が湧き、バケツで水を受けています。
PA055739.jpg
宿場を背景にコスモスです。
PA055740.jpg
「土塀にコスモス」
秋らしい風景です。
PA055738.jpg
下仁田を中心に南牧村砥沢の町並み、天空の寺不動寺、下仁田本宿を
紹介させて頂きました。
まさに、つげ義春ワールドが広がるこのあたり、ぜひ一度いかがでしょうか!

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南牧村にある天空のお寺~黄檗宗の古刹黒瀧山不動寺です~
2012-09-04 Tue 19:48
南牧村黒瀧山中腹に黄檗宗の名刹黒瀧山不動寺があります。

奈良時代に行基が不動明王像を安置したのが、そもそもの由来といわれ
古くから山岳信仰の霊場として栄えてきました。

その後、徳川綱吉が帰依した潮音道海禅師が黄檗宗黒瀧派の本山とし
て中興、隆盛を極め、江戸時代には末寺子院を200余りその傘下に従え
るそうそうたる大寺院だったようです。

不動寺へのアクセスですが、下仁田から南牧村役場までいかない手前、
小沢から山に入っていきます。
案内に従って車を走らせると不動寺の駐車場につきます。
P9153078.jpg
駐車場に車を置き、遥か高見にそびえたつ不動寺に向かい、息絶え絶え
に歩きます。
胸に道路がつくような勾配です。

ようやく不動寺に到着。
庫裏では、不動寺のワンちゃんが鳴き声で迎えてくれます。
このワンちゃん、帰りには一切鳴きませんでしたので、来訪者を知らせる
ために鳴いているのだと思います。
本当に賢いワンちゃんです。

参拝者に気が付かれたご住職様が作務の手を止めて、”どうぞおつき下
さい”と山に向かって開けた場所にある鐘楼をご案内して下さいました。

自然体の応対の中に長年修行を積まれた禅僧の威厳を感じられる和尚様
です。

断崖に建つ不動寺鐘楼です。
遠慮なく鐘をつくと周囲の山々に鐘の音が響き渡ります。
P9153080.jpg
不動寺宿坊です。
こちらでは、予約をすれば、黄檗普茶料理を味わったり、宿泊や坐禅修行も
可能です。
境内には、ここを通り抜けて入っていきます。
P9153081.jpg
黒瀧山の大スギです。
P9153082.jpg
大スギ脇を通り、境内を進むと山門があります。
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多くの信仰を集める不動寺境内には、写真のような幟がはためいています。
P9153083.jpg
山門を過ぎたところにある不動堂です。
宿泊参禅の際には、こちらで坐るようです。
P9153085.jpg
不動堂の裏には、滝に打たれたお不動様がいらっしゃいます。
P9153086.jpg
険しい山中にこんな古刹があるとは!!
訪れた参拝の皆さん誰もが驚くと思います。

いつかこのご住職、この環境のもとで一度宿泊坐禅してみたいと思いまし
た。
ある程度人数まとまらないと普茶料理準備の関係もあり、難しいかもしれま
せんが、そのうち必ず実現したいと思います。

南牧村訪問の際には、ここ不動寺は、欠かすことのできないスポットです。
ここだけでも訪問する価値十分あります。
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群馬南牧村 砥沢の懐かしいの街道風景です
2012-09-03 Mon 19:41
(その3)になります。

南牧村を更に進みます。

当方行った時の昼食は、南牧村役場そばの「いのうえうどん店」で食べ
ました。
(これから奥には食堂などはありません。南牧村には、あまり食べる場
所はありませんので、このあたりで食べておかないと時間帯によっては
腹ペコ状態で街道歩きになります。)

道祖神というと長野を思い浮かべますが、長野県境に近いこのあたりの
群馬にも多くの道祖神を見かけました。
PA055691.jpg
以下、砥沢周辺の風景です。
このあたりは、江戸時代は砥石の採掘で栄えた場所です。

観光ガイドには、載っていませんが、写真のような忘れられたような街道
風景が広がっています。
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中山道の奈良井から妻籠・馬篭のように整備された宿場も貴重ですが、
全く観光的な要素のない砥沢のような街道風景は、本当に貴重です。
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このから先、田口峠方面は、飲み物の自動販売機もないかと思います。
飲み物確保は、ここで行ったほうが確実です。
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南牧村のかっての農業の中心は、こんにゃく・養蚕でしたが、それにかわる
特産品としてこのあたりの気候にあったブドウの生産も盛んになっているよ
うです。
写真左の赤い幟は、南牧ぶどうの幟です。
PA055640.jpg
南牧村は、過疎地域に指定されており、人口維持のためにも様々な施策
が講じられているようです。
また、ここは日本でも有数の高齢化村です(2009年度は全国一とのこと)

過去化&高齢化を解消すべく南牧村に移住者を呼び込もうと空き家にな
った古民家を県外に圧制する試みも行われています。
PA055659.jpg
以下、砥沢集落の街道風景です。
PA055648.jpg
ススキと旧街道 よく似合います!
PA055667.jpg
車はそこそこ通りますが、すれ違いに苦労するほどではありません。
PA055672.jpg
このあたり少し道幅狭いですね。
PA055643_20120903062756.jpg
この時は、車で田口峠を抜け長野臼田町方面に抜けました。
意外にこれから奥も道路状態はよく普通の乗用車でも問題なく峠越えが
可能です。

下仁田をベースに南牧村の旧街道旅はいかがでしょうか!!
現在、なかなかこの雰囲気を今残している旧街道はあまり多くはありません。
次回は、南牧村にある黄檗宗の古刹黒瀧山不動寺紹介です。
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