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都電荒川線梶原駅周辺の下町風景です
2012-10-31 Wed 20:00
早稲田から三ノ輪橋まで全長12.2kmの都内唯一の都電荒川線は、見
事なまでに東京のターミナル駅をかわして路線が通っています。
(存続できたのは、自動車と競合しない専用軌道が多いことが一番の理由
だと思いますが、鉄道空白地域の欠かせない生活路線であったことも存続
の大きな理由だと思います。)

今回ご紹介は、荒川線の王子駅から三ノ輪橋方面に向かって2つめ「梶原
駅」界隈です。

梶原駅は、明治通り沿いにあります。
このあたりの明治通りには、中小工場が沿道に並んでいます。
岡安

このあたりから尾久・田端方面の明治通り沿いにはまさに町工場という表
現がぴったりの建物が建っています。

写真は、梶原駅近辺の町工場です。
明治通り

この界隈の明治通りには、下の写真のように鋭角的に斜めに入る道が多く
あります。
分かれ道

明治通り側から見た都電梶原駅です。
梶原駅

駅構内に「日本で一番駅に近い古本屋」梶原書店があります。
梶原縦

梶原駅から梶原銀座商店街、梶原仲銀座商店街が続いています。

梶原商店街駅側入り口に近くには、都電最中で有名な
都電もなか本舗 菓匠明美」があります。

日用雑貨店です。
いつも思うのですが、よく毎日閉店時に道路まで展示された多くの商品を
店内に片づけるものです。
お店毎に収納ノウハウがあるんでしょうね。

雑貨屋

仲銀座商店街のお米屋さんです。
スーパーでお米を買うことが当たり前になっていますが、配達用のバイク、
懐かしいです。
米屋

お総菜屋さんです。
店先では、鍋で煮込みも売っています。
こういうお店で買うコロッケ、焼き鳥は最高ですね。
焼鳥屋

都電荒川線は、梶原から町屋、三ノ輪橋方面に行くにつれ、下町情緒満点
になってきます。
当方、好きなエリアの一つです。
(そういえば、赤羽から結構距離あるのですが、梶原駅近くの日産ブリンス
さんに車検など車のお世話になっていたこと思い出しました。)

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板橋大谷口上町~窪地に迷路のような街が潜んでいました~
2012-10-30 Tue 19:12
板橋区大谷口上町は、川越街道から少し奥に入った日大病院のある町
です。

その日大病院の裏手にひっそりと木造家屋群が潜んでいました。

以下の写真は2007年4月撮影の写真です。
このエリアは、住宅地区改良法により、住宅地区改良事業が行われてい
ますので、現在はその景観は大幅に変化しているものと思われます。

R0010659.jpg

大谷口上町は、大きく高台地区と窪地からなっていますが、写真は窪地側
です。
R0010667.jpg
人一人が通るのがやっとという細い路地がたくさんありました。
R0010654.jpg
道路も狭く、緊急車両対応も困難ということもあり、住宅土地改良事業が
開始されました。

事業の一環として、団地タイプの改良住宅館の建築が進められ、そちら
へ移転も進んでいるようです。
R0010663.jpg

本当に迷路に迷い込んだ感じです。
R0010655.jpg


R0010656.jpg

奥の木造家屋はかなりの年代物のようですね。
R0010657.jpg

地区内で高低差が6~7mあります。
R0010664.jpg


R0010665.jpg

児童公園がありました。
規模は小さいですが、ほっとする空間です。
R0010666.jpg

R0010669.jpg
溜池だった場所に終戦後に住宅が建ち始め、今その風景も消えようとして
います。
東京の風景の変化の速さは、本当に夢幻のようです。

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10月29日(月)の永平寺東京別院(長谷寺)の坐禅会はお寺行事のためお休みでした
2012-10-30 Tue 06:02
昨日は、久しぶりに定時で仕事あがれたため、前回9月24日以来1カ
月ぶりに西麻布の永平寺東京別院(長谷寺)の月曜坐禅会に行ってみ
ました(こちらは19時スタートです。)

すると---

10月29日は、御征忌法脈会(ごしょうきほうみゃくえ)のため、坐禅会は
お休みでした。

長谷寺HPを見ると、御征忌法脈会とは
「毎年10月27日~29日、道元禅師様のご命日法要「御征忌」と、加
行(けぎょう)により仏戒(ぶっかい)を授かる「法脈会」が併せて行じ
られます。」

とあります。

福井の本山永平寺より福山諦法禅師様が来山されているようです。

永平寺東京別院HPを見ると確かに
 「10月29日(月)は御正忌・法脈会のため月曜参禅会はありません。
  11月5日(月)からは通常通り行います。」
とありました。

”やはりHPちゃんと見てから参加すべきだな~”と反省しながら帰路につ
きました。

こちらの坐禅会から帰る際は、都バスで渋谷駅へ出ることが多いのですが、
今日はちょうど港区の地域コミュニティバス「ちぃばす」が来たため、初めて
乗ってみました。

行先は、赤坂見附駅とありますので、丸の内線乗車にはちょうどいい路線
です。
青山コースのバスでしたが、料金100円を支払い『南青山六丁目」バス停
から乗り込みました。

こちらのバスの運行は、富士急行系列の「フジエクスプレス」が委託されて
います。

こうした地域バスは、結構マイナーな道路に突入することが多いため、トリ
ッキーなルートを期待していたのですが、根津美術館前から骨董通りを通り、
表参道交差点を右折、青山通りを直進する王道ルートで少々期待外れでし
た。

青山通りでは、表参道から赤坂見附間で何と2件の交通事故があり、特に
赤坂見附駅近くの事故は大きな事故のようでした。

豊川稲荷手前の「赤坂地区総合支所」で大半のお客さんが下車し、終点赤
坂見附駅まで乗車したのは、当方一人。

本来であれば、15分程度だと思いますが、40分かかり、どうにか赤坂見
附駅に到着しました。

写真は、赤坂見附駅に到着した「ちぃばす」です。
R0014248.jpg

今週は、11月3日土曜日に中野坂上で井上貫道老師月例坐禅会があり
ます。
ということで、坐禅会は土曜日までお預けということで初「ちぃばす」乗車出
来たことを”良し”として家路につきました。

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中山道板橋宿 街道筋一本裏の井戸ある風景です
2012-10-29 Mon 20:00
江戸四宿は、東海道の品川宿、中山道の板橋宿、奥州・日光街道の千住
宿、甲州街道の内藤新宿ですが、今回は中山道の板橋宿の風景です。

四宿のうち、内藤新宿(現在新宿三丁目周辺)を除いて今もなおかっての
宿場町の雰囲気が残っています。
板橋宿も、板橋三丁目(北園高校の脇あたり)から仲宿、本町、清水町の
あたりまで旧道が残っていますので、散歩のし甲斐のあるエリアです。

今回は、板橋宿でも、メインストリートではなく、1本裏手に入ったあたりの
風景をご紹介したいと思います。

日本橋方面から戸田橋方面に向かった街道右手に入ったところ(仲宿)に
あった木造家屋群です。
R0010684.jpg

ちょっとした広場の真ん中に井戸があり、とても平成の風景とは思えない
景色が広がっていました。
写真は、少々古い2007年4月撮影の写真ですので、今はもうこの風景は
消滅していると思います。
R0010685.jpg

かっては、写真のような木造家族が立ち並び、井戸を囲んでまさに落語の
長屋生活が送られていたのではないでしょうか。
R0010686.jpg

未舗装の路地です。
今や都内で未舗装道に巡り合うことは、極めてレアケースです。
R0010687.jpg

当方、子供の頃はまだこのタイプのごみ箱健在でした。
奥に見える土管のような水溜にはよく金魚が飼われていました。
R0010692.jpg

今までの建物から少し時代が新しくなった(といっても昭和30・40年代物
だと思います)アパートです。
椎名町のトキワ荘をはじめ、こういうアパートがそこかしこにありました。
今は、外階段タイプが主流ですが、当時は共同の玄関を入り、内階段で各
部屋に面するタイプが主流でした。
(写真のアパートはどちらのタイプか不明です)
R0010708.jpg

宿場の真ん中あたり、仲宿にある遍照寺境内から見た中山道です。
江戸時代は、このお寺の境内は馬つなぎ場で、明治時代まで境内で馬市
が行われていたそうです。

すがれた雰囲気のお寺で、以前の赤羽岩淵の正光寺に雰囲気にています。
R0010703.jpg

今回は、街道の裏風景が中心でしたが、そのうち表の宿場風景もご紹介
できればと思います。

東京四宿、特に板橋宿、品川宿、千住宿いずれ劣らぬ見ごたえある街並
みです。
江戸時代の街道風景に思いをはせながらぶらり散歩、いかがでしょうか!

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忘れ物のメガネを受け取りに211系平サロで籠原駅まで行ってきました
2012-10-28 Sun 16:31
先週金曜日(26日)に会社でイベントがあり2次会まで参加、結局横浜駅
発23時00分発の最終湘南新宿ライン高崎行きに乗車しました。

本来の下車駅は、新宿駅なのですが、座席確保できたことが仇となり、車
中で熟睡、気がついたら赤羽停車中でした。脱兎のごとく駆け出し、どうに
か赤羽で下車。

まずは一安心です。

赤羽でとどまるかそれ以上先まで行くかで戻りの命運が分かれます。

当方車中ではメガネ外していることが多いので、いつもようにカバンのメガ
ネケースを探ると”メガネが無い”ことが発覚!
車内に置いてきた(or胸ポケットから落ちた?)ようです。

まあ、乗車電車はわかっているので出てくるかなと思いながら深夜に家に
戻りました。

翌日土曜日にJR忘れ物問い合わせセンターに電話すると、籠原駅にそれ
らしきメガネが届いていることが判明、日曜日に籠原駅まで取りに行くこと
になりました。

現物確認&引き取りのため、本日(28日)日曜日8時過ぎに出発、新宿で
降りてみると土日の運行の215系「ホリデー快速ビューやまなし号」がま
もなく到着のようです(10月は、千葉始発で、新宿9:02発)。

中央線利用者にとっては、215系は珍しいこともあり、新宿での出発を見
送ることにしました。
215サボ

新宿に到着した小淵沢行の『ホリデー快速ビューやまなし」です。
自由席車両も連結してますので、定期でも乗車可能です。
215.jpg

快速見送りのため、予定の湘南新宿ラインの電車は出発してしまったので、
上野まわり高崎線で行くことにしました。

山手線を上野で下車し上野駅を降りると6番線ホームにいたのが、土日運転
の高崎行9時29分発快速アーバン高崎行きです。

車両は211系、しかも、平屋建てグリーン(通称「平サロ」)が連結されて
いました。

211系は、国鉄時代の車両で高崎線での運用も9月からのE233系の高
崎線運用投入により、レア度が高くなっています。

また、211系グリーンも2階建て改造車が中心になり、特に平サロは希少
な存在になっています。
(以前E1系営業終了の間際にもチャレンジしましたが、残念ながら巡りあ
わせありませんでした。)

ということで、あわててグリーン券を携帯スイカで購入し、平サロで籠原駅
に向かうことになりました。
上野211

乗車率は、平サロ10人程度でガラガラです。
一般のお客さんは、グリーンに乗るとしてももう一両連結されている2階建
てグリーンに向かうものと思われます。
211車内

車両出入り口付近です。
車内車両

車両NOが手書きになっていました。
そろそろ引退かな~と思わせる光景です。
車両NO

上野から1時間少しで籠原駅に到着しました。

お世話になった平サロ211-1001です。
小窓が並ぶサイドビューは見事です。
この211-1001は、元東海道用のトップナンバー車両だと思います。
乗車サロ

普通車との連結部分のサイドビューです。
連結部分

籠原駅で15両→10両と身軽になった高崎行211系を見送ります。
ご苦労様でした。
211正面

本来の用件、忘れ物受け取りのために改札に向かいます。
事務所で確認して頂くと、紛れもない当方のメガネでありました。
届けて頂いた方、本当にありがとうございました!

天気が良ければ、この5月に国宝指定となった妻沼の歓喜院聖天堂でも
寄ってこようかな~とも思っていたのですが、昼前から小雨がぱらついてお
り、籠原駅前を少し歩いただけで、そのまま戻ることにしました。

写真は、駅から見た籠原駅前の風景です。
籠原駅を降りるのは、今回が初めてです。
駅前商店街

駅には、イーサイトという新しいショッピングモールがありましたが、駅前は
ローカル色豊かな商店街(というほど軒数はありませんが)がたたずんでい
ます。

駅の目の前に立つ木造家屋です。
以前はお店やられていたのではないでしょうか。

籠原駅前民家

今は旅館営業は行っていないようですが、まさに「駅前旅館」です。
籠原旅館

自転車預かり所です。
私営の自転車預かり所も最近少なくなりました。
籠原自転車

大きな看板で隠されていますが、先ほどの駅前の民家と同じようなつくりの
建物の食事処です。
籠原うわさ
わずか30分の籠原駅滞在でしたが、メガネも戻り、平サロも乗車出来、結
果としていい週末になりました。

深夜車中で、落とし物届けて頂いた方、本当にありがとうございました!!

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家の両サイドを電車が通ります(京急子安駅周辺の風景です)
2012-10-27 Sat 18:01
「子安駅」は、京浜急行線 横浜駅から品川方面に向かって3つ目、各駅
停車のみ停車の小さな駅です。

このあたり、JR京浜東北線には「新子安駅」、京急も次の駅が「京急新子
安駅」になりますので、紛らわしいのですが、今回はただの「子安」駅です。

こちらの駅は、下の地図を参照頂ければと思いますが、JR東海道線と線
路と京浜急行線に挟まれたエリアに駅舎があります。

更にすごいのは駅舎だけではなく、この鉄道中洲地帯に住宅が建ってい
ることです。

まさに居間の窓を開けると京急が見え、反対の台所の窓を開けるとJRの
電車が目の前を通過するといった感じです。
(以前TVでも紹介されていました。)

正面が京浜急行「子安駅」です。
R0014175.jpg

鉄道中洲地帯の入り口にお蕎麦屋さんがあります。
いい雰囲気のお蕎麦屋さんで、入ってみたかったのですが、時間の関係も
あり、次回とすることにしました。

左手高架を走るのは、横浜線です。
東神奈川を出発した横浜線がまさに東海道線を高架でクロスしようしてい
るところです。
R0014172.jpg

お蕎麦屋さんの横を入っていった風景です。

この写真では、道の両側に建物が建っていますが、奥に行くにつれ、エリア
は狭くなり、最後は片側のみに家が建ち、まさに家が一軒建つだけの細さ
になります。
(”この先行き止まり”の看板が何枚か立っており、部外者が奥まで行くの
も失礼かと思い、途中で引き返してきました。)


R0014173.jpg

鉄道中洲地帯を京急線路側から見た写真です。
この写真では、中洲地域とは思えません。
ごく普通に家が立ち並んでいます。
R0014179.jpg

京急踏切側から見たJR線路方向です。
R0014182.jpg

次の写真は、子安駅側から鉄道中洲地帯の入り口を眺めた写真です。
写真左の路地が入り口の路地です。
R0014184.jpg

Aのところから右手に家が建っているエリアです。
拡大するとその様子わかりやすいかと思います。

大きな地図で見る

大規模な鉄道中洲地帯としては、東京都北区の上中里2丁目がありますが、そ
れに比べると幅も狭く究極の鉄道中洲地帯です。

鉄道ファンの当方など、”朝晩東海道を走るブルトレ(今はサンライズのみですが)”
と”躊躇なく全速力で路線を駆け抜ける京急車両”が見られるのもいいな~ など
と呑気に考えてしまいますが、実際にお住まいの方にとっては、音・振動など大
変なことだろうと推察します。

京急を途中下車して、お蕎麦食べてからこの界隈散歩はいかがでしょうか!!

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堀切駅とポニーのいる光景
2012-10-26 Fri 20:00
東武伊勢崎線堀切駅といえば金八先生のロケ地として有名です。
(当方、世代的には、金八先生世代より少し上の世代になるので、放送し
ていることはもちろん知っていましたが、熱心に見ていたわけではありませ
ん。)
FH040001.jpg

23区内でこのローカルな雰囲気は貴重です。

最近、東京の東側あまり歩いていないので、近況不明なのですが、場所
柄、”50階建の高層駅ビルが出来て様変わり!!”ということはまずない
と思いますので、この雰囲気は今も維持されていることと思います。
FH040002.jpg

こちらは、堀切駅近くの民家の庭先で飼われていたポニーです。

”まったく違和感なく、このあたりの雰囲気に、はまっているな~”と思いな
がら脇を歩いたことを思い出します。

”お腹をこわすのでエサを与えないで下さい”と表示がありましたが、今は
どうしているのでしょうか?

風の噂では、もういないということのようですが-----
FH040003.jpg

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天沼蓮華寺・中野蓮華寺 ~両寺とも意外な池が潜んでいます~
2012-10-25 Thu 20:00
杉並区・中野区には、蓮華寺という名前のお寺が三寺あります。

このうち、杉並天沼にある蓮華寺と中野大和町にある蓮華寺には、かなり
大きな池がありますので、池つながりでご紹介したいと思います。

まずは、杉並の蓮華寺からです。
こちらは、真言宗室生寺派の天沼山蓮華寺といい、室町時代創建と伝わ
る古刹です。
(関東で室生寺派のお寺珍しいです。)

先日ご紹介の天沼弁天池からそれほど遠くない場所にあります。
(杉並区本天沼2-17-8)
漫才オードリーの出身校日大二高の前の道を少し入ったところです。
PA085238.jpg
こちらの境内には、写真のようなかなり大きな池と池の向うには弁財天堂
があります。
こちらの池、自然湧水の池ではないようですが、かなりの大きさで、”住宅
地の中のお寺の中にこんな立派な池が!”という意外感があります。
PA085229.jpg
橋を挟んだ反対側の池です。
勢いよく水が池に注がれています。
PA085231.jpg

もう一つは、早稲田通りから少し斜めに入ったところにあります。
下の写真は、早稲田通りを中野方面から荻窪方面を見た写真ですが、左
が早稲田通り、右の細い道が蓮華寺へ向かう道です。
PA085241.jpg

中野区大和町にある泉光山蓮華寺です。
こちらは日蓮宗の寺院です。
(中野区大和町4-37)
PA085242.jpg

山門を入って右手に写真の池が広がっています。
こちらは、正真正銘の天然池です。
PA085243.jpg

地形的には水面まで高低差があり、武蔵野三大湧水池と同様崖線からの
湧水がその源です。
PA085246.jpg

切支丹屋敷であったことを示す碑が今はここ蓮華寺に移されて残っています。
経緯については、見づらくて恐縮ですが、中野区教育委員会の説明板をご参
照頂ければと思います。
PA085245.jpg

PA085244.jpg
ちょうど本堂を改修中でした。
PA085248.jpg
どちらのお寺も池があることが外からはうかがわれずに、意外な感じがそ
の魅力です。
もちろんガイドブックに取り上げられることはないですが、水風景に興味を
持つ当方にとっては、好きな風景の一つです。

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消えた新宿南口(千駄ヶ谷5丁目)木造民家とその現況です
2012-10-24 Wed 19:37
新宿駅で最近最も変化しているのは、間違いなく新宿駅南口だと思いま
す。

当方学生時代は、新宿南口は少々ぶっそうな感じで、あまり足を運んだ
記憶がありません。
(池袋西口も芸術劇場できる前は、同じような雰囲気でした。)

南口が大きく変わったのは、高島屋タイムズスクエアが出来たころだと思
います。

今回ご紹介は、高島屋が出来た後もしばらく残っていた千駄ヶ谷5丁目の
木造家屋群です。

高島屋の向かい、明治通りを挟んだ反対側で新宿御苑と明治通りに挟ま
れたエリアです。
明治通りからは、目立ちませんでしたが、1本奥に入ると下の写真のよう
な木造家屋群がありました。
新宿木造1
この写真の頃は、既に空き屋化しておりました。
新宿木造縦
新宿高校側の風景です。
このあたりは、まだお住まいの方がいらっしゃいました。
通り
代々木側に近いエリアの木造家屋です。
既に駐車場化が進んでいました。
新宿木造バイク

以下の写真は、現在の写真です(10月20日現在)
現況3

かって木造家屋が並んでいた場所は、既に建物は取り壊され、駐車場や
フエンスで囲まれていました。
現況1

かっての木造家屋のあった場所から明治通りに戻るとNTTドコモビルの
真下、明治通り沿いに写真の建物が残っていました。
幹線道路沿いでよく残っていたものです。
ドコモビル

決して特徴ある建物ではないですが、昭和30年代くらいには遡れる建物
ではないでしょうか。
明治通り沿い、それも摩天楼のようなNTTドコモビル直下にこうした建物
を見つけて何だかうれしくなりました。
ドコモビル民家

写真は、新宿駅湘南新宿ラインホームから見た「新宿駅南口地区開発ビル」
工事現場です。
この計画は、高島屋タイムズスクエアの北口にあった南口駅舎を解体し、地
上33階建ての高層ビルを建築するプロジェクトです。

ここが完成すると新宿駅南口はまた大きく変貌することになります。
新宿南口再開発
南口というと甲州街道から降りる古い階段があり、その途中には何軒かの
中華料理屋があった風景を思い出します。

今、階段がどこにあったかもわからないくらい様変わりしましたが、南口開発
ビルの今後の完成で南口の変貌は拍車がかかりそうです。

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東京消えた風景~シンプルな看板の極み「くつ」~
2012-10-23 Tue 19:30
杉並区早稲田通り沿い(妙正寺北交差点)にあった靴屋さんです。

白看板に「くつ」という文字のみ、このシンプルさがいい味だしています。

この大きさで ”「くつ」と書いてください”と言われれば、名だたる書道
家でもビビッてしまうのではないでしょうか!

このお店も既に無く、東京消えた風景の一つになりました。

FH020005.jpg
(文字にあわせてシンプルなブログ記事になりました。)

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心理相談員月例研修会に参加してきました(星陵会館&日枝神社)
2012-10-22 Mon 20:00
先週土曜日、関東心理相談員会の月例能力向上研修会に参加してきま
した(その後は、夜の坐禅会参加)。

心理相談員とは、中央労働災害防止協会が認定する資格(名称)で、中災
防HPで見ると、以下のような役割になります。

 『厚生労働省の健康の保持増進のための「トータル・ヘルス・プロ
 モーション構想(THP)」の一環として、1988年から労働安全衛
 生法に基づきメディカルチェックや運動処方など身体面の健康増
 進対策とならんで、ストレス対策(メンタルヘルスケア)が新しく取
 り入れられました。そして、このメンタルヘルスケアの担い手として
 「心理相談員」という新しい名称がつくられました。大学の心理学
 科を卒業した人、あるいは看護婦・保健婦の資格がある人など、3
 日間の「心理相談専門研修」を受ければ資格を取得できます。』


当方、直接の業務ではないのですが、登録している衛生管理者資格が受
講資格の一つになっているため、何年か前に取得しました(今回の研修も
まったくのプライベートとしての自己啓発参加です。)

心理相談員は、地域毎に相談員会が組織されており、当方は関東心理
相談員会の会員になっております。

こちらでは、毎月「月例能力向上研修会」と「月例事例検討会」が開催され
ておりますが、当方は気になる研修会に年2~3回参加する程度の会員で
す。

10月20日(土)は、13:00~15:00の時間帯で
①テーマ:「適応障害」への支援を考える
     ~うつ病への支援とどう違うのか~
②講 師:神奈川大学特別教授 江花 昭一先生
で開催されました。
江花先生は、昨年春まで横浜労災病院心療内科部長で、メンタルヘルス
分野で積極的に活動されている先生です。

関東心理相談員会の月例研修会は、千代田区永田町にある星陵会館
(都立日比谷高校の同窓会館的な施設)で行われます。

丸ノ内線赤坂見附駅が最寄り駅になります。
かっての「ホテルニュージャパン」跡地に建つ「プルデンシャルタワー」(下
の写真)脇を入ります。
プルデンシャル

「新坂」を上ります。
説明板によると
 『この坂を新坂といいます。新しくできた坂ということでその名がつけられ
 ています。明治九年(一八七六)の地図には道は入っていませんが、同
 一七年(一八八四)参謀本部の図では現在に近い道路がみえています。
 おそらくその頃できた坂でしょう。また、別の名を遅刻坂とも呼ばれてい
 ますが、官庁に向かう役人、登校を急ぐ学生がかばんをかかえてかけ上
 がる風景からよばれたといいます。』
新坂

新坂を上りきったところの右手に都立日比谷高校があります。
昔の府立一中、現在も都立屈指の名門校として有名です。
新坂の左手は、メキシコ大使館です。
日比谷高校

道路の関係上、ぐるっと回るような感じで降りてきたところに「星陵会館」が
あります。

2時間の研修でしたが、関連領域に関するあやふやな知識を整理すること
が出来、有意義な研修でした。
星陵会館

星陵会館の向かいは、議員会館です。
現在大規模な工事中です。
この道路の下あたりを地下鉄南北線が走っています。

画面の中央、工事の山の上に見えるのは「自由民主党本部」です。
衆議院議員会館

坂を降り切ったところに、場所柄ですか、鈴木宗男さん・松山千春さんで有
名な「新党大地」の宣伝カーが停まっていました。
新党大地

正面が首相官邸になりますので、このあたり警備の警察官が多いエリア
です。
数は少ないですが、普通の一軒家もあります。
すごいところにお住みの方もいらっしゃるものですね。

坂を下りてすぐ右手に”皇城鎮護の神、官幣大社”の「山王日枝神社」が
あります。
表参道の石段です。
日枝神社石段

石段を登り切ったところにある神門です。
日枝神社門

境内は、結婚式、七五三で賑わいを見せていました。
江戸城裏鬼門にあたるこちらの神社は、最近都内有数のパワースポットと
して若い女性の参拝も多いようです。
日枝神社境内

外堀通り側に降りる石段には、無数の赤鳥居と幟が立ち並びます。
赤鳥居

石段を降りたところです。
赤鳥居幟

外堀通り側から眺めた山王道鳥居です。
大鳥居

以上、永田町散歩でした。
当方は、やはり下町散歩の方が性にあっているようです。

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日曜朝の駒澤大学坐禅会帰りに桜新町サザエさん通りを歩いてきました!
2012-10-21 Sun 17:05
昨日は、中野坂上成願寺で第一・第三土曜日夜(17:30~20:00)に
行われている坐禅会で三炷(40分坐禅を3回)坐り、今朝は駒澤大学で
原則毎週日曜日に開催されている日曜講座坐禅会(9:00~)で一炷
坐ってきました。

駒澤大学の坐禅会へは、自宅から環八~桜新町経由で車(校外のコイン
パーキングに駐車)で行っているのですが、今日は天気もよく、その後の
予定も特になかったので、坐禅帰りに桜新町サザエさん通りを歩いてみる
ことにしました。

桜新町といえば、サザエさんの町です。
先日も波平お父さんの髪の毛の件で話題になっていました。

田園都市線の駒沢大学駅の一つ用賀寄りが桜新町駅ですので、電車で
も便利です。
まずは、サザエさん作者の長谷川町子さんに敬意を表してご自宅跡に建
てられた「長谷川町子美術館」からスタートです。

下の写真のサザエさん像は、「サザエさん通り」真ん中くらいにある交番
前にあります。
美術館は、桜新町駅方面から来ると右側の道沿いです。
サザエさん像

長谷川町子美術館」です。
こちらの美術館は、以前ご紹介の上井草にある「いわさきちひろ美術館
とは美術館の性格が違います。

「いわさきちひろ美術館」は、ちひろさんの作品を中心の展示で、館内には
書斎も再現されています。
こちらの「長谷川町子美術館」は、長谷川町子さんが収集した美術品の展
示が中心で、その一角にサザエさんコーナーがあるという感じです。
長谷川美術館
入口をサザエさんが案内してくれています。
入口

せっかくなので、お土産として「サザエさん人形焼」と「ポストカード(秋バー
ジョン3枚組)を買いました。
人形焼は8個入りですが、全部顔が違います。
ポストカードは、ミニファイル付です。
R0014165.jpg

「サザエさん通り」を桜新町駅方面に歩きます。
通りのあちこちに、サザエさん一家の姿が見られます。
サザエさん通り

その中でも特に気に入った絵です。
夕暮れ時にサザエさん、タラちゃん、ワカメが家に帰るところを影絵にした絵
です。
この絵を見ると何となく胸がキュンとなります。
帰り道

桜新町商店街振興組合事務所です。
上のサザエさんの絵は、歩道にある消火栓?に描かれています。
振興会

サザエさん通り途中にあった食堂です。
後ろのマンションの建ち方から見るといろいろ事情があったのでしょうか。
食堂
突き当りが旧玉電通りです。
この地下に田園都市線が走っています。
桜新町大通
以下、桜新町駅で見られるサザエさん関連銅像紹介です。

まずは、南口にある「サザエさん・タラちゃん」像です。
(逆光写真で申し訳ありません。)
サザエさんとタラちゃん
北口にある「カツオ・ワカメ」像です。
かつおとわかめ

西口にある「サザエさん一家」です。
南口・北口・西口というと離れているような感じがしますが、実際はすべて
20m範囲内にあります。
サザエさん一家

話題になった「波平一家」像です。
左端の波平おとうさんの髪の毛が頻繁に抜かれ話題になりました。
波平一家
今日現在(10月21日)大丈夫!でした。
波平頭
アップです。
青い太い針金そのものですね。
頭アップ
毎週通過するだけでしたが、たまにはこうした途中下車?も新たな発見が
あります。
日曜朝の坐禅後のプチ散歩でした!

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川越街道4番目の宿場町 膝折宿(埼玉県朝霞市)の風景です
2012-10-20 Sat 18:54
昨日は、川越街道白子宿をご紹介させて頂きましたが、今回はその一つ
川越寄りの宿場、膝折宿(埼玉県朝霞市)です。
白子宿旧家
川越街道国道254号を朝霞警察署を過ぎたところから旧道に入ります。
旧道沿いには、江戸時代川越街道4番目の宿場「膝折宿」の風情を今なお
残す風景が見られます。
蔵
この建物は脇本陣跡です。
かっては、村田屋という旅籠でした。
白子宿旧家2
江戸時代末期から続く和菓子の「喜楽屋」さんです。
こちらは、人参羊羹が名物です。
P8315252.jpg
何と書かれているか?ですが、昔の道標でしょうか。
P8315259.jpg
黒目川です。
緑の多い護岸で水もきれいです。
P8315267.jpg
黒目川近くの仕出し屋さんです。いい雰囲気です。
魚や
増田屋旅館です。
こちらも昔から営業の旅館のようです。
朝霞ですと家から近いのでなかなか泊まれませんが、こういう商人宿で泊
まることに憧れます。
P8315248_edited-1.jpg
白子宿、膝折宿とも目立った観光物件もなく地味な街道宿ですが、昔の面
影意外に残っています。
これからの季節、街道筋歩きに最適な時期だと思います。
週末、ぶらっと街道歩きはいかがでしょうか!

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埼玉県和光市旧白子宿散歩~豊富な湧水が湧いています~
2012-10-19 Fri 20:35
湧水の里、白子宿は川越街道の宿場町で地理的には東京都と埼玉県の
県境、住所でいうと埼玉県和光市になります。

アクセスは、成増駅(東武東上線・地下鉄有楽町線)が便利です。
白子宿に向かう途中には、写真のような建物も残っています。
成増

現在の川越街道(国道254号)は、川越方面に向かって左に曲がります
が、旧道(県道109号)をまっすぐ進むと白子宿の中心部にあたる交差点
に出ます。

東京都との県境ですが、ローカル感漂います。
このようなスーパーで子供の頃、よく買い物をしました。
当方の世代には懐かしい風景です。
商店

このあたりは、湧水の宝庫であり、そこかしこから水が湧き出しています。
まずは、白子宿の鎮守様 熊野神社です。
白子神社

境内には、湧水が流路をつくっていました。
湧水流れ

こちらは境内にある湧水井戸です。
こちらからも清浄な水が湧き出しています。
井戸

熊野神社の隣には、神瀧山清瀧寺不動院(天台宗)があります。
平安時代初期(830年)慈覚大師円仁が創建したと伝えられる祈祷寺院で、
今なお瀧行や護摩修行、坐禅修行などが行われています。

瀧行が行われる不動の瀧です。
滝

白子郵便局のある交差点で県道109号に直角に交差する道路が江戸時
代の旧川越街道筋のようです。
旧川越街道の郵便局の反対側は、坂になっており、通り沿いには写真の
旧家の建物が残っています。
白子宿2

このあたり、同じ名字の整形外科や薬局が目立ちますので、昔からの旧
家なのだと思います。
白子宿4

この界隈では、普通の民家の庭先でも湧水が噴出している風景が見られ
ます。
白子宿3

熊野神社近くの109号沿いの駐車場端からも写真のように勢いよく水が
湧き出していました。
湧水
109号沿いにある魚屋「魚くめ」です。
出桁造りの建物がいい味出しています。
白子宿

レトロな外観のうどん「おかだ」です。
白子郵便局から池福寺(こちらにも湧水池があります)方面に向かう道沿い
にあります。
(和光市白子2-19-38)

この時には立ち寄りませんでしたが、再訪時にはぜひうどん食べてみたい
と思います。
うどんや

このエリア、板橋区成増から歩いても10分程度とアクセスのいい場所の
割には、非日常的感を味わえるエリアです。
タイヤ
休日の旧街道&湧水散歩スポットとして散策はいかがでしょうか!!

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2012年で西武鉄道創立100周年記念です~「武蔵野鉄道&川越鉄道」西武鉄道小史です~
2012-10-18 Thu 20:00
2012年で西武鉄道は創立100周年を迎えて、各種イベントを行っています。
駅にもあまり目立ちませんが、写真のようなポスターを掲げています。
R0014006-2.jpg

また、この10月10日から西武各駅売店で7000部限定で2013年度カレ
ンダー(100周年記念ページ付)を発売開始しましたので、沿線住民&鉄
道ファンとして1部(1000円)購入してきました。
(下の写真はカレンダー100周年記念ページ部分です。)
PA175508.jpg

プロフィールにもあるように当方学生時代は鉄道研究会に所属していたの
ですが、その研究発表としてある年度に「西武鉄道」を取り上げたことがあ
ります(30年以上前です。その際には、当時池袋のビックリガード近くにあ
った西武鉄道の本社へお話をうかがいに行ったことがあります)。

西武路線の成り立ちの複雑さを知るがゆえに、”そもそも100周年といって
も西武のような複雑な成り立ちの会社の場合、いつを起点にしているのだろ
うか?”と興味を持ち、少し確認してみました。

現在の西武の路線でもっとも早い時期の開通は、明治28年(1895年)の
旧川越鉄道の国分寺~川越(現:本川越駅)間の路線になります。
川越鉄道は、中央線を経営していた甲武鉄道の子会社的な役割の会社で
したので、それ故、中央線国分寺駅接続の路線になっています。

※2012年7月に高円寺・阿佐ヶ谷・西荻窪の3駅が駅開業90周年
 (1922年・大正11年開業)を迎えました。
 この3駅は、甲武鉄道が国有化(明治39年)されて以降の駅です。
 中野・荻窪・吉祥寺といった休日快速停車駅は、甲武鉄道時代に開業し
 た駅になります。

もう一つの母体が、現在の西武池袋線を経営していた武蔵野鉄道になりま
す。
こちらは、明治45年5月7日に会社設立、大正4年には、池袋~飯能間の
営業を開始します。

ちなみに旧西武鉄道(元の川越鉄道)が都心直結のルート高田馬場~東
村山の路線(現:西武新宿線)を開通させたのが昭和2年です。

こうした経緯で、一時は現西武新宿線を有する旧西武鉄道(川越鉄道は、
ややこしいことに大正11年に名称を変え、以降西武鉄道と称していました。)
と西武池袋線を有する武蔵野鉄道が併存する形になりました。

西武鉄道の現在の主な路線ざっくり分けると
①旧武蔵野鉄道系
  西武池袋線、豊島線(昭和2年開業)、秩父線(昭和4年吾野まで開通)、
  多摩湖線(多摩湖鉄道を昭和15年に買収)
②旧川越鉄道系
  西武新宿線、国分寺線、多摩川線(昭和2年旧西武鉄道が買収)
といった色分けになります。
※拝島線の開通は、「新西武鉄道」合併以降になります。

少し余談になりますが、旧西武鉄道(元の川越鉄道)は、先日の伊佐沼記
などでも触れた湖畔を走った川越~大宮間の川越電気鉄道を経営してい
たこともあります。
この路線は、昭和15年の国鉄川越線の開通により、廃止となりました。

そして武蔵野鉄道の経営権を箱根土地の堤康次郎オーナーが取得すると、
1945年(昭和20年)、武蔵野鉄道は旧西武鉄道(元の川越鉄道)及び食
糧増産(という会社です)を合併、西武農業鉄道となり、この西武農業鉄道
が1年後に西武鉄道と改称し、現在の西武鉄道になります。

という複雑な設立経緯を持つ西武鉄道ですが、結論から言うと、今回の創
立100周年は武蔵野鉄道が設立された昭和45年から100周年というこ
とになります。

また、以上の経緯を踏まえて感慨深い出来事が、平成8年の国分寺線本
川越直通運転開始です。

西武国分寺線は、ほとんどの列車が国分寺~東村山間の折り返し運転と
なっていますが、2008年6月14日のダイヤ改正で、日中、国分寺~新所
沢間で運転されていた直通電車の一部が、本川越駅まで延長運転される
ことになり、まさに往年の川越鉄道が復活するかのような電車が誕生しまし
た。

この区間は、上述の通り、川越鉄道が1895年に完成させた西武の数あ
る路線の中でも最も歴史ある区間になります。

以前川越散歩の際に、本川越駅で下の表示を見て”あれっ?”と思ったの
ですが、歴史ある旧川越鉄道路線復活がこの表示の電車です。
P5123691.jpg
まだ、通しで乗ったことはないのですが、”沿線在住者&川越にゆかりを持
つ者”として是非一度国分寺回りで川越に行ってみたいと思います。
ちなみに国分寺⇔本川越直通電車は、平日・休日ともに昼間の時間帯のみ
(9:00~15:00の間)1時間1本の運転です。

2015年(平成27年)には、旧川越鉄道(国分寺~本川越間)が開業120
年!を迎え、2015年度まで西武鉄道では様々な感謝イベントが開催されます。

何はともあれ、創立100周年おめでとうございます!!

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青梅街道~八丁 意外に看板建築が残っています~
2012-10-17 Wed 20:00
荻窪駅北口を出て青梅街道を田無方面に向かうと環八の四面道交差点に
出ます。
四面道で環八を横切り、更に青梅街道を進んだあたりが八丁商店街です。
(住所でいうと、杉並区上荻2・3丁目、桃井1・2丁目の青梅街道沿い
です。)

江戸時代は、このあたり高家今川氏の領土でしたが、ここ八丁あたりにか
つてはその陣屋があり、敷地が八町の広さであったことから八丁の地名に
なったと言われています。

この界隈、23区内の幹線道路沿いにしては、意外に看板建築が残ってい
ます。
八丁肉屋
八丁交差点にある文房具の「市川商店」です。
八丁文房具屋
「市川商店」のお隣にある「立花家鶏肉店」です。
東京で典型的な看板建築の様式です。
八丁肉屋2
こちらは、八丁の交差点からもう少し荻窪警察寄りにある「鉄工所」の看板
建築です。
屋号消えていますが、”○に越の字” 三越のような立派なマークが掲げら
れています。
八丁鉄工所 (2)
下から見上げた写真です。
八丁鉄工所
大東印刷店です。
2階窓枠左の「印刷」の文字が立派です。
八丁看板1
八丁交差点から南に行ったところにある「橋本屋酒店」です。
建物はありますが、最近お店開いてるところ見た記憶がありません。
八丁酒屋
こちらも典型的な緑の看板建築で、よく見る緑の銅葺きタイプです。
八丁看板2
こちらは、旅行社の建物です。
貼られていた銅板が剥がれてトタンのようになっているのでしょうか?
(くまちゃんとこちらの旅行社については、現況不明です。今度確認してきま
す。)
八丁看板3

以下の建物は既に消滅した建物です。

先ほどの橋本屋の前にあったトタン錆が見事な建物です。
2軒長屋タイプだったのでしょうか?
八丁消失1
こちらは、八丁交差点にあった自転車屋さんです。
文房具の市川商店の道の反対側にありました。
八丁消失2

交通量の多い青梅街道沿いにこの八丁商店街はありますが、商店街とい
うほどお店の密度は高くありません。
目立たない商店街ではありますが、よく見ると意外に古い建物が残ってい
ます。
こうした風景も間もなく姿を消してしまう光景かもしれません。

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高円寺南2寺町~旧桃園川に向かった傾斜地上に6軒の寺院があります~
2012-10-16 Tue 19:50
中央線には、三寺と呼ばれる最後に”~寺”がついた駅があります。
高円寺、吉祥寺、国分寺です。
どの駅も中央線の中では、それぞれ独自の個性を発揮する人気のエリ
アでもあります。
簡単にご紹介すると---

<高円寺>
南口にある曹洞宗の寺院「宿鳳山高円寺」に由来します。

<吉祥寺>
実は吉祥寺に吉祥寺というお寺は無く、明暦の大火の際に、文京区本駒
込にある吉祥寺(こちらの坐禅会にも当方参加したことあります)の門前
町の住民が移転してきたことにちなみます。
北口には、安養寺・光専寺・蓮乗寺・月窓寺の「四軒寺」と呼ばれるお寺
があります。

<国分寺>
741年聖武天皇の命により造られた武蔵国分寺がここにあったことに由
来します。

以前、東京の寺町として、烏山寺町豊島園十一ケ寺について紹介させて
頂きましたが、今回は、中央線三寺の一つ高円寺にある「高円寺南2丁目」
寺町についてご紹介です。

高円寺というと、駅前にある駅名の由来となった「高円寺」と真言宗豊山派
「日王山阿遮院長仙寺」を思い浮かべる方が多いかと思います。

どちらも堂々たる大寺ですが、今回ご紹介の寺町は、少し駅から離れた高
円寺南2丁目にある6寺からなるミニ寺町です。

ミニではありますが、住宅地の真っただ中にあるこの寺町、やはり落ち着い
た寺町らしい雰囲気が漂っています。
とはいっても、高円寺に来て、駅名の由来となった「高円寺」を外すわけには
いきませんので、まずは簡単に「高円寺」から紹介です。

高円寺駅南口を出て、新宿方面に5分も歩くと堂々たる「曹洞宗宿鳳山高
円寺」の山門が見えてきます。
徳川将軍家のあつい庇護を受けてきた寺院で、三代将軍家光公が鷹狩の
際にしばしばこちらで休憩を取ったといわれています。
PA085254.jpg
杉並区教育委員会による案内板です。
PA085253.jpg
広くて閑静な境内です。
PA085257.jpg
徳川家の庇護を受けた寺院だけに本堂正面屋根には葵のご紋がつけられ
ています。
PA085258.jpg
高円寺を出て更に南に行くと、旧桃園川緑道です。
PA085262.jpg
先日先日ご紹介の天沼弁天池を源流の一つとする川です。
昭和40年代に完全に暗渠化されました。
この桃園川は、環七を少し越えた先で神田川に合流します。
PA085263.jpg
旧橋跡には、カッパが堂々と坐っていました。
PA085261.jpg

桃園川へ下る傾斜地を上がった高台(というほどの高さではありませんが)
に寺町があります。
狭いエリアに6軒の寺院が固まっています。
こちらもかっての東京市街地から移転してきた寺院で構成?された寺町で
す。

高円寺は、大正十一年開業で、この7月に開業90年を迎えましたが、この
寺町へ移転してきたお寺の中には明治40年代に移転してきたお寺が多い
です。

移転当初は、中野駅が最寄り駅で、中野からお墓詣りに歩いてくる檀家の
人からは”なんでこんな田舎に引っ越したんだ~”と不満の声もあったよう
です。

それでは、各寺院巡りです。
まずは、曹洞宗西照寺です。
明治43年に芝白金から移転してきました。
移転理由は東京市街発展に伴い、区画整理の対象となり、この地に移転
してきました。
PA085266.jpg

続いて、曹洞宗松應寺です。
こちらは、大正7年に台東区浅草寿町から移転してきました。
墓地が狭かったため、寺院の維持発展のために移転してきたとのことです。
江戸時代の農政学者 佐藤信淵のお墓はこちらにあります。
PA085268.jpg

曹洞宗宗泰院です。
明治42年市ヶ谷町から移転してきました。
陸軍士官学校の校地拡大に伴い、移転を余儀なくされ、こちらへ移転して
きました。
移転事情も様々ですね。
PA085272.jpg

続いて、曹洞宗長龍寺です。
こちらも、明治42年に宗泰院同様、陸宮士官学校敷地拡大により市ヶ谷
から移転してきました。
こちらには、豆腐地蔵尊という珍しい地蔵様がいらっしゃいます。
山門脇の松の枝ぶりが見事です。
PA085276.jpg

続いて、曹洞宗鳳林寺です。
こちらは、新宿牛込から大正3年に移転してきました。
移転理由は、牛込弁天町通りの拡張による移転です。
PA085278.jpg

本堂前では、同じ向きで2匹のワンちゃんがお昼寝中でした。
兄弟犬(姉妹犬)でしょうか!!
鳳林寺犬

巨大なしゃもじのある愛染明王堂です。
こちらには、厄除け子育ての子育ての延命地蔵尊を祀るお堂もあります。
PA085282.jpg

こちらは、6寺中唯一曹洞宗以外の寺院 日蓮宗長善寺です。
こちらは、谷中から大正15年に移転してきました。
こちらは、国鉄線路拡張に伴う移転です。
PA085283.jpg

最後は、曹洞宗福寿院です。
こちらは、明治40年区画整理のため、四谷から移転してきました。
こちらのご本尊は、像高46cmの金銅釈迦如来像で杉並区内では珍しい
「金銅仏」とのことです。
ちょうど本堂の改修工事中でした。
PA085285.jpg
最後に「高円寺」門前にあったラーメン屋さんです。
この時は、中野坂上駅の「華吉の椎茸そば」がありましたのでスルーしま
したが、そのうちぜひ来てみたいと思います。
PA085287.jpg
以上、すべてのお寺を巡っても30分程度でしょうか。
こちらのお寺は、檀家寺ですので境内を開放しているわけではなく、山門か
ら眺める程度の拝観しかできませんが、6寺が固まって存在するとやはり壮
観で寺町を散策していることを実感できるかと思います。

駅前の「長仙寺」、駅名由来の「高円寺」とともに身近な東京寺町巡りの一
つとして散歩いかがでしょうか。

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南アルプスへの入口~夜叉神峠麓の芦安温泉「岩園館」に泊ってきました!
2012-10-15 Mon 20:00
10月13日(土)一泊で南アルプス夜叉神峠の麓にある芦安温泉「岩園
館」に仲間3人で泊まってきました。

芦安(南アルプス市)は、鳳凰山などの南アルプス登山の玄関口として有
名ですが、当方一行は登山目的ではなく、温泉入浴目的です。

岩園館へチェックインする前にせっかくなので、夜叉神峠まで足をのばして
みることにしました。

マイカーは、夜叉神峠登山口まで、それより先の広河原(北岳、間の岳な
どへの登山口です)へは路線バスしか入ることができません。

夜叉神峠、日本百名山の一つ鳳凰三山への登山口です。
PA135347.jpg
ここ夜叉神峠登山口の駐車場も登山客の車で一杯でした。
路線バス乗り場です。
甲府駅から来たバスは、ここ夜叉神峠登山口を経て、更に奥の広河原ま
で行きます。
PA135344.jpg
これより先はマイカー規制中です。
PA135341.jpg
マイカー規制を案内するお知らせ板です。
PA135342.jpg
夜叉神峠登山口へ向かう途中からは、遠く甲府盆地が眺められました。
ここからの夜景は見事かと思います。
PA135351.jpg
麓まで下ると、今宵の宿「岩園館」です。
こちらは、源泉かけ流しの大岩露天風呂が有名です。
PA145367.jpg
「岩園館」の川向うには、写真のようなコンクリートの崖くずれ防止がなされ
ています。
昭和57年の台風時に大規模の崖崩れが発生し、その後写真のような対
策がなされたようです。
極めて大規模な崖崩れ防止対策です。
PA135360.jpg
玄関前から見た大岩露天風呂入り口です。
東館から渡り通路で男女別の巨大な露天風呂につながっています。
(今回お風呂写真は、撮っていませんので興味ある方は宿のHPを参照頂
ければと思います。)
PA135359.jpg
一風呂浴びて18時から大広間で夕食です。
山の幸を中心に食べやすいおいしい料理が並びます。
R0014008-1.jpg
今回宿泊したのは、東館(新館)の一番大岩露天風呂に近い部屋「北岳」
に泊まりました。
夕食のテーブルにも部屋名のプレートが置かれていました。
R0014011-1.jpg
翌朝、朝食前に表に出てみると、2匹の甲斐犬がいました。
この芦安村辺りが、甲斐犬の産地のようです。
PA145369.jpg
翌日の朝食です。
十分な量でお腹一杯になりました。
写真のご飯は、こちらの名物「きびご飯」です。
R0014012.jpg
岩園館前に広河原行のバスが停まります。
日曜日朝も何名かの方が乗車されていました。これから登山でしょうか。
PA145371.jpg

宿の川向うの崖くずれ防止のコンクリートを上からみたところです。
写真のはるか下に見えるのが、一晩お世話になった岩園館です。
それにしてもすごい高度感で、崖くずれの規模の大きさがうかがえます。
PA145375.jpg
崖くずれ防止コンクリート上からは、南アルプスの山々がのぞめました。
PA145379.jpg
お土産にペットボトルに詰めた宿の源泉を頂きました。
帰りの車中で飲みましたが、雑味の無い本当においしい水でした。
(こちらの源泉は飲用可能ですので、湯船にも飲用カップが置いてあります。)
PA145505.jpg

土曜日の昼に東京を出発して、日曜昼には戻ってこれました。
東京西部からのアクセスの良さがこの宿の魅力の一つだと思います。
(麓ではありますが、南アルプスの山容に接することも出来ます。)

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本日井草八幡宮の流鏑馬神事、天候が心配されましたが無事終了しました!
2012-10-14 Sun 18:07
昨日から南アルプス夜叉神峠麓の温泉に仲間と行っており、昼過ぎの帰っ
てきました。
自宅に荷物を置いてから、井草八幡の流鏑馬見学に行こうとすると、何と雨
がポツリポツリと降りだしました。
”また、今回も中止か!!
悪い予感がしましたが、、まずは行ってみようと自宅を出ました。

大灯篭隣の駐車場では、大太鼓が準備されていました。
流鏑馬神事に先立ち、青梅街道をこれから練り歩きます。
PA145385.jpg

馬場となる東参道についたのが13時20分頃でしたが、既に最前列には
多くの見物の方が並んでいました。
参道の中間地点(1の的と2の的の間)にどうにか最前列の空きを発見!
場所を確保しました。
東参道は、大きな樹木があるため、自然の傘の役割を果たしてくれ、小雨
は降っていましたが、下には雨はあまり落ちてきません。
PA145388.jpg

待つこと1時間30分
15時少し前に、東参道大鳥居方面より、古式ゆかしい装束を身に着けた
行列が静々と目の前を通過します。
PA145400.jpg
弓を持っていらっしゃいますので、射手の方でしょうか。
凛々しい御姿です。
PA145411.jpg
腰には多くの弓矢を携えています。
PA145410.jpg
長い行列が続きます。
当方、ちゃんと見学するのは今回初めてということもあり、いやがおうにも
流鏑馬への期待が高まります。

警備の方のお話ですと、4頭の馬が3回(4×3=12回)馬場を疾走する
とのこと。
PA145414.jpg

流鏑馬が始まりました。
のんびり走るのかと思っていましたが、そのスピードの速いこと、速いこと!
競馬のように全速力で駆け抜ける感じです。

境内は雨雲のため、当方のズームレンズでは、F2.8開放でシャッタースピ
ード1/20といった感じでしたので、写真はボケボケです。
 ※馬が驚くため、フレッシュ撮影は禁止です。警備の方が何度も何度も注
  意されていました。当方ももちろん発光禁止モードです。
PA145473.jpg
”来た!”と思ったら、あっという間に行ってしまう感じです!
PA145474.jpg

下の写真は、1の的をまさに射抜いた瞬間!です。
”手放し運転”状態です。

見物のお客さんから、大きな歓声と拍手が湧き上がります。
PA145455.jpg
疾走する感じ出ていますので、もう1枚です。
PA145431.jpg

見事に的を射た射手の方には、参道中央部で”白い布?”を命中の証とし
て授与されます。
下の写真で肩から下げている布がそのしるしです。

流鏑馬は賞味1時間たっぷり!
12回以上の疾走があったと思います。
見ごたえ十分でした。
PA145448_20121014165905.jpg

全て疾走が終わり、最後にまた古式ゆかしい装束姿の行列が本殿方面に
向かい、流鏑馬神事は終了です。
PA145485.jpg

何度も何度も全力疾走ご苦労様でした。
今日はゆっくりお休みくださいね。
PA145492.jpg
最後の方で落馬があり、一瞬ヒヤリとしましたが、人・馬ともども大事なかっ
たようで一安心です(その後も流鏑馬は継続されました)

今回は天候大丈夫と思っていましたが、もう少し前から雨が降りだし、雨足
強ければ中止だったと思います。

何はともあれ、事故もなく無事に終了できてよかったです。
初めての流鏑馬体験でしたが、そのスピードには本当に感動しました。
長い時間待った甲斐がありました。

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明日14日は井草八幡流鏑馬神事です~前日の風景です(既に準備完了です!)~
2012-10-13 Sat 10:42
明日14日は、いよいよ井草八幡流鏑馬の本番です。
明日本番を前にした前日の風景です。

朝9時過ぎに行ってみましたが、明日の主役のお馬さんがちょうど到着した
ところでした。

写真は、まさにトラックから降りて井草八幡境内に入っていくところです。
PA135303.jpg
今回は、4頭のお馬さんがエントリーのようです。
PA135305.jpg
馬場は、すでに準備が整い、既に警備の方がいらっしゃいました。
青梅街道側から東参道を疾走し、下の写真の赤鳥居のあたりがゴールで
す。
PA135311.jpg
下の写真の砂が盛り上がったところを馬が走ります。
意外に幅は狭いです。
PA135313.jpg
矢の的が下の写真むしろのかかった場所に掲げられます。
PA135314.jpg
スタート地点、青梅街道側の大鳥居を眺めた風景です。
PA135317.jpg
既に準備完了です。
手前が見学者が入るところで奥を馬が走り、中間通路を通ってゴールした
馬がスタート地点に戻ります。
PA135319.jpg
青梅街道側、東参道入り口は既にブルーシートが張られ、馬場をうかがう
ことは出来ません。
PA135321.jpg
大灯篭には幟がはためき、明日の神事の準備OKです。
PA135338.jpg
明日の大役、ご苦労様です。
今日、事前練習するとのことですが、あまり無理せずに明日に備えて下さ
いね!
PA135331.jpg

当方、本日これから泊りで山梨行きで明日は昼過ぎに東京へ戻る予定です。
到着したころは、既に見学の方で一杯で疾走する馬の蹄くらいしか聞けない
かもしれませんが、前日様子を確認できましたので満足です。

明日14日は、14時から本殿前で射手奉幣(流鏑馬前のお祓い)、15時から
流鏑馬本番です。

前回2007年は確か雨で中止だったと思いますので、今回は10年ぶりでは
ないでしょうか?
お時間ある方、貴重な神事見学いかがでしょうか!!

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天沼八幡神社~暮れには酉の市が行われる旧天沼村の鎮守です~
2012-10-12 Fri 19:40
昨日、天沼弁天池に関する記事をUPさせて頂きましたが、天沼弁天池の
中ノ島にあった弁財天を今祀っているのは、こちら天沼八幡神社になります。

古くから天沼村の鎮守様として周辺住民から慕われてきた神社です。
PA085217_20121010210757.jpg
こちらには、昭和24年に先々代の宮司様が台東区の大鳥神社から勧進し
てきた大鳥神社が末社として祀られています。

「杉並のお酉様」として親しまれており、今年も一の酉が11月8日(木)、二
の酉が20日(火)にあたり、盛大に境内に市が立ちます。

以下は、以前の酉の市の様子です。
FH020024_20121010210530.jpg
露店も出ます。
FH020011.jpg
熊手もなかなか高価で一般家庭では買うこと少ないかもしれませんが、商
売をやられている方にとっては欠かすことの出来ないグッズ?だと思います。
FH020016.jpg
酉の市の日には、神楽殿では舞踊や里神楽の奉納があります。
FH020020_edited-1_20121010210529.jpg
夏がようやく終わったかと思ったら、あと1月で酉の市です。
秋の例大祭から酉の市まであっという間ですね。

※昨日掲載の天沼弁天池の古写真が、ここ天沼八幡神社のHPにありました!!
 ありしの天沼弁天池の姿をぜひご覧ください。
(”天沼八幡について”の一番下に昭和初期の池の写真が掲載されています。)

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荻窪駅北口近くの湧水池跡~天沼弁天池&天沼八幡神社~
2012-10-11 Thu 20:14
昨日は、川越郊外の伊佐沼をご紹介させて頂きましたが、本日は湖沼つな
がりというわけではありませんが、消滅した池に関するご紹介です。

荻窪駅北口近くに弁天池という池がかってありました。
荻窪駅から阿佐ヶ谷、高円寺を経て神田川まで流れていた桃園川の源流地
点となっていた池です。

こちらも武蔵野三大湧水池(井の頭池三宝寺池善福寺池)と同様、50
~55m崖線からの湧水を源泉とする池です。

昭和35年頃までは、弁天池があったという記述がありますが、手元の昭和
31年測量地図にはその姿は見えませんので、昭和30年前半には、かなり
小さくなっていたのかもしれません。

この池のあった場所も後には西武グループの社用施設となり、外部の人間
はアクセスできなくなりました。

当方、西武時代の様子を知っておりますが、周囲には高い塀が張り巡らされ、
中の様子を覗うことは全くできない秘密めいた感じで、それゆえにひょっとす
ると”この中にまだ湧水池がひっそり残っているのでは?”という幻想を抱か
せるに十分な雰囲気でした。

この弁天池ですが、2007年に杉並区立の公園として開放されました。
もしや昔の姿でその湧水池が残っているのではないか~と期待していまし
たが、やはり湧水は枯渇していたようです。

先日付近を歩いた際に写真を撮りましたので、関連情報を整理しておきた
いと思います。

公園入口の門です。
これは西武時代(料亭時代?)からの門がそのまま流用されています。
PA085214.jpg

園内の池です。
人口池とはいえ、それなりに昔を想像させる雰囲気があります。
PA085207.jpg

池内の滝です。
昔はこのような感じで崖から湧水が湧き出していたんだと思います。
PA085208.jpg
杉並区の案内に以下の記載がありましたので、ご紹介させて頂きます。

 「かって、この公園の南側広場あたりにはこんこんと水の湧き出る”天沼
  弁天池”と呼ばれる池がありました。池は、広さ約300坪(直径35m
  程度)の円形で、約5坪(直径4~5m)の中ノ島には弁天様が祀られ
  ていて、大正の半ば頃までは、日照りが続くと大勢の農民が集まって
  雨乞いの行事も行われていました。
  この池は、桃園川の水源に一つでもあり、天沼の地名のおこりになった
  ともいわれています。
  こうした由緒ある土地の由来を将来に伝承するために”天沼弁天池公
  園”と名付けました。」

公園内には、杉並区立郷土博物館分館(下の写真)も設けられテーマを
決めて郷土史に関する展示も行われています。
PA085213.jpg

公園脇にある祠です。
この祠は、西武時代にもありましたが、その当時には”この祠は天沼八幡
神社に移された弁財天とは関係ありません”と説明札があったような記憶
があります。
PA085215.jpg

現在に至る経緯を簡単にまとめると次のような感じのようです。

・元々は、天沼八幡神社の境内地として天沼弁天池が湧いており、池の
 中島に弁財天が祀られていた。
・そこに「天沼池畔亭」という料亭が営業開始(1955年~)
 ※1960年頃まで湧水が湧いていたとの記述がありますので、営業当
   初は細々と自然湧水が湧いていたが、枯渇してから現在の公園の
   池の原型となる人工池を作庭したのかしれません。
・1970年 「天沼池畔亭」営業終了
・1975年  天沼八幡神社が改築される際、弁財天を八幡神社内に移
  設した上で、一帯の敷地とともに西武鉄道に売却
・杉並区が西武より買い取り、2007年より区立公園として整備解放、現
在に至る。

いずれにしてもこのエリアは、昔から湧水の宝庫で住みやすい地域であっ
たことは間違いないようです。
かっては、あたり一面田んぼや畑が広がり、そのところどころで湧水が湧
き出る湧水池が点在していたのだと思います。
そうした風景を想像するだけでわくわくしてきます。

次回、天沼弁財天を祀る天沼八幡神社についてご紹介したいと思います。

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埼玉県川越市郊外 県内最大の自然沼「伊佐沼」です~寂寥たる風景が広がります~
2012-10-10 Wed 19:48
高校3年間、埼玉県川越市にある高校へ通学していましたが、体育の授業
で走りに行ったのが今回ご紹介の伊佐沼です。

川越市の東部、大宮寄りになります。
以前川越の記事でも紹介の川越電気鉄道の路線が湖畔にあり、遠い昔に
はこの沼の周囲を電車が大宮に向かって走っていました。

埼玉県内最大の自然沼で、ヘラブナ、マブナ、コイなど魚が豊富で週末には
多くの釣り人で賑わう埼玉県でも有数の釣りスポットでもあります。
伊佐沼 (2)

沈船が寂しい雰囲気を醸し出しています。
向うの見える屋形船は、木で組んだ屋台のようなところにのせられており、
少し不思議な光景です。
伊佐沼

湖畔には、伊佐沼薬師神社の萱葺きの御堂があります。
伊佐沼の雰囲気にベストマッチの建物です。

元々医王寺という寺院があり、明治の神仏分離の際に廃寺となり、薬師神
社となったとのことです。
確かに神社というより寺院といわれれば寺院のようにも見えますね。
伊佐沼寺院

実は、この伊佐沼は昭和初期までは、川越舟運(ブルフネ)でご紹介の新
河岸川の源流でした。

今は、流路が改修され、伊佐沼の水は新河岸川の支流九十川(福岡河岸
の上流で新河岸川に合流します)になっており、現在の新河岸川の源流は
川越市街をぐるっと囲む赤間川になっています。
(下の写真は、菓子屋横丁近くの赤間川です。)
PA221994.jpg

かって、川越夜船が行き来した新河岸川の風景です。
伊佐沼とともに懐かしい田舎の風景です。
新河岸川舟運
たまにこうした風景にも触れたくなります。

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関東バス南善福寺ターンテーブル(住宅地のど真ん中にあります)
2012-10-09 Tue 20:00
先日ご紹介の「井草八幡宮」や「善福寺池」へ荻窪駅からアクセスする際
に乗車するのが、関東バス36系統「荻窪駅北口⇔南善福寺」路線です。
路線図

荻窪駅北口を出発したバスは、青梅街道を田無方面に走ります。
途中四面道で環8を越し、八丁停留所、荻窪八幡のある荻窪警察前、和田
サイクル
のある桃井四丁目を過ぎ、井草八幡の大灯篭のある交差点を左折
します。

バスは、善福寺公園の上池・上池の間を通過し、住宅地のど真ん中に終点
南善福寺停留所があります。
南善福寺停留所

こちらには、写真のようなターンテーブルがあります。
南善福寺1

(少々わかりにくいですが)ターンテーブル上にあるポールから写真のよう
な紐がぶら下がっています。
家の蛍光灯を消すために、よく寝床に紐をぶら下げていましたが、そんな感
じです。
南善福寺紐

荻窪駅発のバスが到着しました。
関東バス1

バスの運転手さんは、乗客を乗せたまま、窓から手を伸ばし、紐を引っ張り
ます。
関東バス2

ターンテーブルが回転しました。
狭い場所で方向展開するために必須の設備です。
関東バス3

クルッと回って準備完了!
お客さんが降りて、今度は荻窪駅行に方向幕の変わったバスへ乗り込みま
す。
PA075186.jpg

停留所内にあった手書きチックな住宅地図です。
この停留場は、地図の右下、東京女子大学の近く、三角のヤジリマークの
ところです。
住宅地図
少し戻ることになりますが、このターンテーブルを味わってから善福寺池散
歩を開始されるのもなかなか乙かもしれません!!

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中野坂上駅界隈散歩~「華吉(はなよし)/椎茸そば」は絶品です
2012-10-08 Mon 18:15
連休初日の土曜日(6日)は、月1回中野坂上の成願寺で開催されている
井上貫道老師坐禅会に参加してきました。

土曜日は、成願寺付属のたから幼稚園の運動会とお寺の行事が重なった
ため、いつもの別棟の南書院ではなく、本堂地下の坐禅堂での坐禅会とな
りました。

参加者は単が一杯になる20名くらいで、午前3炷、午後1炷後、井上貫道
老師による「正法眼蔵」提唱(現在、第46巻無情説法です)、その後、茶話
会という(場所は変わりましたが)いつもと同様のスケジュールで坐禅会は
行われました。
(次回は、11月3日(土)の開催となります。)

6日は、第一土曜日ですので夜の坐禅会(第一・第三土曜日)も行われて
います。
当日は、更に3炷坐る夜の坐禅にも引き続き参加してきましたので、結局
1日でちょっとした接心なみの7炷坐ることになりました。

下の写真は、成願寺境内で行われている幼稚園運動会を見守る成願寺不
動明王様です。
心なしか憤怒の相ではなく少し優しい表情のような気がします。
R0013992.jpg
第一・第三土曜日の夜の坐禅会の後には、参加者有志で軽く食事をして
帰ることがあります。
6日も中野坂上駅にある中華屋さんで食事をしてから帰りましたが、その
際に食べた「椎茸そば」がおいしかったため、関東三十六不動巡りでまだ
未訪問だった中野坂上にある十五番札所である「真言宗豊山派明王山宝
仙寺」お参りのついでに本日(8日)立ち寄ってきました。

以下、そのご報告です。

青梅街道から少し入ったところにある阿・吽一対の仁王像が納められた宝
仙寺山門です。
PA085288.jpg

宝仙寺三重塔です。
この三重塔は、以前はここではなく飛び地境内に立っていましたが、昭和
20年の戦災で焼失しました。
その後、平成4年に境内内に以前と同じ高さで再建されたのが現在の三重
塔です。
PA085289.jpg

立派な本堂と弘法大師様です。
庫裏は本堂の向かって右手になります。
PA085292.jpg

本日頂いたご朱印です。
こちら宝仙寺では、、大規模な葬儀を行っていることが多く、前回来たとき
にはちょうど二子山親方(初代若乃花)の葬儀のときで混雑していたため、
遠慮した記憶があります。
PA085298.jpg

中野坂上駅に戻り、いよいよ昼食です。
中野坂上は、地上では青梅街道と山手通りが交差し、地下には大江戸線
と丸ノ内線が走る交通の要所です。
また、丸ノ内線の支線である方南町へ向かう路線は、ここ中野坂上駅が始
発です。

中野坂上駅の地下ピロティのような場所に飲食店街があります。
R0014005.jpg

この一角に本日のお目当て中華「華吉(はなよし)」があります。
R0014004.jpg

「椎茸そば」(850円)です。
いいお値段ではありますが、肉厚のやわらかい椎茸がこれでもかというほ
ど入っており、本当においしい中華そばです。
R0014003.jpg
こちらのお店、オーダーしてから出てくるまでの時間が驚異的に早く、ご主
人が手早く調理しているのだと思います。
今日も、ほとんど待たずにおそばが出てきた感じです。

この日曜・月曜は、長野行の予定でしたが、都合によりキャンセルになりま
した。
この日は、宝仙寺以外にも高円寺南2丁目の寺町も散歩してきました。そ
のうち、記事UPしたいと思いますが、何も遠くへ行かなくても身近なところ
にもまだまだいいところがあることを再認識しました。

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ムーンライト信州~山男の電車アルプスの歴史を継いでいます!~
2012-10-07 Sun 18:45
金曜日は、横浜野毛で飲み会があり、結局23時横浜発の籠原行きの最
終湘南新宿ラインで帰宅となりました。

最終湘南新宿ラインの新宿着は、23時32分です。

中央線へ乗り換えようと中央線ホームに向かうと向かい側9番線に189
系がいました!
R0013985.jpg

臨時の「ムーンライト信州81号」白馬行きです。
R0013990.jpg

この列車は、新宿発23時54分で白馬には早朝5時40分到着です。
R0013989.jpg

かっては、大きなリュックを担いだ山男がホームを闊歩していました。
夜行普列車や急行アルプスの乗り込む山男さん!たちを見て、寝れそうも
ない車中で夜を過ごし、よく翌朝から山登りできるな~といつも感心してい
ました。
R0013988.jpg
ムーンライト信州は、この夜行普通や急行アルプスの再来ともいえます。
10月は5日、6日の運行ですが、ちょうど5日発車の場面に遭遇したこと
になります。

夜行列車はやはりいいですね。
会社帰りにこのまま夜行乗っちゃおうかな~と思ったことは何度もあります
が、結局一度も実現できませんでした。

そうこうするうちに、ブラッと予約なしに乗れる夜行列車はほとんど無くなっ
てしまいました。

このムーンライト信州も全車指定で車両も豪華になりましたが、ホームでの
たたずまいは、やはり昔のアルプスの面影がありました。

今度こそ背広姿のままで電車に乗り込み、”朝、目が覚めたら白馬岳が眼
前に!”みたいなサプライズを実現したいな~と思いながら混雑する中央線
快速に乗り込みました。

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酒場薀蓄漫画のはしり~レモンハート(阿佐ヶ谷)~
2012-10-06 Sat 18:29
ラズウェル細木さんの料理・お酒に関する薀蓄漫画本が好きで、「酒のほ
そ道」などをよく読んでいます。
最近は、日本初の鰻専門漫画「う」も発売され、つい先日には第3巻も発
売になりました。

ラズウェルさんの本には、よく杉並・練馬界隈の場面が出てきますが、西
武新宿線井荻駅近くの狭小立ち飲みやさん「アホー鳥」の壁にもラズウェル
さんのサインを見かけました。(本物かどうかは?です。)

このお店、つい先日までわずか3席しかないその名も「めだか」というラー
メン屋さんでしたが、最近店変わりして立ち飲みの居酒屋になりました。

また、グルメ漫画の傑作「孤独のグルメ」(原作:久住昌之、作画:谷口ジ
ロー)も、川本三郎さんの東京本のような味わいがあり、何度読み返しても
そのたび新たな発見がある好きなグルメ?漫画です。

当方がよく知るお店も出てきます。

赤羽一番街の「まるます家」
(第4話 東京都北区赤羽の鰻丼)
※北赤羽にも、まるます家ののれん分けの支店があり、こちらもお勧めです。
※廃業してしまいましたが、赤羽には「大衆酒場大久保」という味わいある
 居酒屋もありました。
P8050628.jpg

三宝寺池池畔の豊島屋
(第11話 東京都練馬区石神井公園のカレー丼とおでん)
PC022902.jpg

第13話 東京都渋谷区神宮球場のウインナー・カレー
(以前のウインナー盛りの記事です。)
等々です。

こうした知った店が登場すると身近に感じられ何となくうれしくなります。

こうしたバー・居酒屋などの薀蓄ものを取り扱った”はしり”ともいうべき漫画
が「ダメおやじ」で有名な古谷三敏さんが描いた「レモンハート」です。

古谷さんの経営する”本物”のレモンハートは、練馬西武池袋線大泉学園駅
近くにあるようですが、中央線阿佐ヶ谷にも「レモンハート」があります。

阿佐ヶ谷駅北口から鷺ノ宮方面に向かって5分程度、中杉通りの左側です。
写真のおなじみのマスターの看板があるので、わかるかと思います。
(下の写真です。)
P8054398.jpg
こちらは、ビールバーで、古谷さんのお孫さんが経営するお店です。
ビアバーレモンハートHP

このあたり散歩するたびに気になっているのですが、当方実はまだ入ったこ
とありません。
今度、ビール飲みにぶらっと入ってみたいと思っています。

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宮沢賢治を訪ねる旅~小岩井農場の風景です~(その2)
2012-10-05 Fri 20:00
前回は、花巻の宮沢賢治ゆかりの地をご紹介させて頂きましたが、今回は
盛岡市の郊外にある小岩井農場です。
(時期違いの桜の季節の写真で申し訳ありません。)

「小岩井農場」「狼森と笊森、盗森」などの作品は、ここ小岩井農場を舞台
にしています。
P4300899.jpg

小岩井農場からのぞむ岩手山です。
岩手山は標高2,038m、岩手県のシンボル的な山です。
小岩井農場1

小岩井農場の一本桜です。
明治40年代に植えられたものといわれています。

農場内案内バスの窓越しの撮影のため、青みがかっていますが、かえっ
て雰囲気出ているような気がします(自画自賛ですが---)
小岩井一本桜

この農場内案内バスですが、所要時間1時間10分かけて広い小岩井農
場内をまわります。
途中下車しての見学時間もあり、広い小岩井農場の見どころを巡るこの
バスはぜひお勧めです。
P4300894.jpg

乗車したときは、写真の一本桜や植林年度毎に高さの違う林の中の林道
などは、このバスでしか行くことができません。
※当方乗車時は、若い農場のガイドさんが一生懸命マイクで説明して頂き
 ました。その姿をみるだけでも乗車の価値はあります。
P4300892.jpg

小岩井農場「上丸牛舎」です。
三号牛舎は、昭和10年建築の国登録有形文化財です。
小岩井農場2

岩手山をバックにしたサイロです。
雄大な景色ですね。
小岩井農場3

花巻の山側には、大沢温泉、鉛温泉など宮沢賢治も訪れた湯治場の雰囲
気を残す名湯秘湯がたくさんあります。

また、小岩井農場近くには、繋温泉や鴬宿温泉など名湯もあります。
(以前アップした湯治場の風景は、花巻大沢温泉の写真です。)

何かと閉塞感ある昨今ですが、宮沢賢治の世界に直接触れ、のんびりと名
湯秘湯で一息つくことは、日ごろのストレス解消に最適です。

イーハトーブの国で宮沢賢治を訪ねる旅はいかがでしょうか!
(何だか岩手観光協会みたいですが--)

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宮沢賢治学会から「宮沢賢治研究Annual」が届きました~花巻宮沢賢治を訪ねる旅~
2012-10-04 Thu 19:00
特にこれといった活動はしていませんが、宮沢賢治ファンの一人として10
年以上前から宮沢賢治学会イーハトーブセンターの会員となっています。

今週、宮沢賢治学会より「宮沢賢治学会Annual」が自宅に届きました(下
の写真です。)
年1回発行で全166ページの充実した宮沢賢治に関する研究機関誌です。
機関紙

宮沢賢治学会イーハトーブセンターは、宮沢賢治の研究者、ファンが集うゆ
るやかなつながりの会で、宮沢賢治に興味を持つ方であればどなたでも参
加できます。

定期的に各種イベントの案内や年1回の研究機関誌(写真の右側)などが
送られてくるほか、会報(写真左)、事務局便りが定期的に届きます。
※年会費3000円ですが、機関誌(非売品)だけでもその価値あるかと
思います。
(下の写真は、事務局のある宮沢賢治イーハトーブ館にあります。)

ご興味ある方いかがでしょうか!!
宮沢賢治学会イーハトーブセンターHPです。)
P8115416.jpg

今回は、宮沢賢治ゆかりの地、花巻の風景をご紹介したいと思います。

花巻は宮沢賢治生誕の地であり、賢治の作品はイーハトーブ(=岩手)
を舞台に展開されています。

イギリス海岸(北上川)です。
北上川は東北最大の河川として、岩手~宮城県を滔々と流れ、宮城県石
巻市で太平洋に流れ込みます。
イギリス海岸

イギリス海岸にあったふくろう像です。
賢治はふくろうが好きで、賢治の描いたふくろうのデッサンが今も残されて
います。
イギリス海岸 (2)

広い敷地を有する岩手県立花巻農業高校です。
賢治が教鞭をとった花巻農学校の後身にあたる学校です。
花巻農業1

花巻農業高校の敷地内に「羅須地人協会」の建物があります。
羅須地人協会とは、花巻市内で賢治が設立した私塾で、賢治生前は花巻
市桜町にありましたが、賢治の死後売却され、この地に民家として移築さ
れました。
花巻農業2
羅須地人協会建物です。
らすちじん4

建物内部です。
今にも賢治が講義のために姿をみせそうな感じです。
らすちじん3

玄関に掲げてある黒板に書かれた「下ノ畑ニ居リマス」です。

宮沢賢治は、毎日下の畑で農作物の育成状況や肥料の研究を続けてい
ました。
宮沢賢治が畑に出ているときに書いた文字を賢治の弟の清六さんが賢治
の字を模して書かれたものです。
今でも消えないように花巻農業高校の生徒の手で上書きされ続けています。

賢治が本当に下の畑にいそうです。
らすちじん2

新幹線の新花巻駅から2kmくらいのところにある宮沢賢治記念館です。
(花巻市矢沢1-1-36)
賢治の作品原本、愛用のチェロなど賢治ファンにはたまらない貴重な展示
がたくさんある賢治ファンの聖地のような場所です。
賢治記念館1

「注文の多い料理店」に出てくる山猫軒の名を冠したお土産物&レストラン
です。
賢治記念館2

次回は賢治のもう一つのゆかりの地、小岩井農場を紹介させて頂きます。

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駒澤大学日曜講座坐禅会参加報告&禅語<脚下照顧(きゃっかしょうこ)>
2012-10-03 Wed 19:58
P9305048.jpg
9月30日(日)、台風接近の中、久しぶりに再開した駒澤大学日曜講座坐
禅会に参加してきました。

駒澤大学正門です。
坐禅会は、正門を入って(守衛さんいらっしゃいますが、特に手続きは必要
ありません。)少し歩くと、向かって右側に学食方面に下る道がありますの
で、そこを下ります。
受付場所は学食隣の建物1階ですので、すぐわかると思います。
P9305047.jpg
駒澤大学入り口に掲示してある日曜講座案内です。
手前が坐禅指導、奥が坐禅後に行われる講義の内容です。
来週7日も坐禅・講義とも開催です。

今回は、久しぶり開催ということもあり、坐禅初めてという方が20名弱の方
が参加されていました。
以前の参加要領に特に変更はありません。)

正門前の掲示板(上の写真)の通り、10月はほぼ毎週日曜日の通常の開
催になります。
日曜の朝9時からの開催です。坐禅に興味ある方できちんと坐禅作法を教
わりたいと思っている方にはおすすめの坐禅会です。
(講義終了後に、初回参加者を対象に坐禅指導をして頂けます。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
話は変わって、禅寺の玄関などでよく「脚下照顧」という文字が掲げられて
います。

広辞苑等で調べると
「自分の足元をよくよく見よという意。もと禅家の語で、他に向かって悟りを
追求せず、まず自分の本性をよく見つめよという戒めの語。転じて、他に向
かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すべき
こと。また、足元に気をつけよの意で、身近なことに気をつけることをいう。」
とあります。

少々戒め的な意味合いで捉えられがちですが、坐禅会でお世話になってい
る中野坂上の成願寺南書院の東司(トイレ)には、以下の文がタンクの上に
貼ってあります。

【脚下照顧】
 履物をそろえると心もそろう
 心がそろうと履物もそろう
 脱ぐときにそろえておくと
 履くときに心が乱れない
 誰かが乱しておいたら
 黙ってそろえておいてあげよう


「黙ってそろえておいてあげよう」のフレーズが好きで、いつも目にする
たびに心を新たにしています。

「日々の挨拶」と「履物をそろえる」こと

この2つさえやれば実は後は何もすることはないのかもしれません。
簡単なようでなかなか出来ないことですが、日々心がけたいと思います。

<坐禅会のご案内>
中野坂上成願寺で月1回開催の10月度井上貫道老師坐禅会は、今度
の土曜日10月6日開催です。
参加ご希望の方は、以前ご紹介の参加要領をご参照頂ければと思います。
※こちらの坐禅会は椅子坐禅も可能です。足が組めない方も安心してご
参加下さい。
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