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井上義衍老師語録(只管打坐ということは)&18日夜は成願寺夜坐開催です!!
2012-08-12 Sun 06:00
成願寺井上貫道老師坐禅会受付で頂いたプリントから「井上義衍老師語録」
の紹介です。

只管打坐ということは
これ「ポン」(掌を打って)があるのは、どうしたんでもないでしょう。
みな、みなそうです。それと同様に、何もかも向かえばみな在るんです。
向かう前からあるんです。万時そうです。

そういうふうにこれ(身)は、人間の見解じゃなくて、すべてちゃんとある
んです。これがこれ(身)の本性です。だから非思量の真相をそのまんま
に言う時に、只管打坐と言ったんです。

ただ坐禅する。それを間違えるというと、「ただ坐って居ればいいのだ」
といって、その概念でこうやって、「ただであればいいのだ」といって、そ
ういった概念でいくと違うんです。

そうすると不思量じゃないでしょう。思量をもって非思量、不思量という概
念を作ったんですよ。本当の非思量じゃないでしょう。不思量じゃないで
しょう。

それだから不思量としての真相をただこうやって、見えたり、聞こえたり、
あらゆるこうした動き方が必然にあるんですから、それだから自分を用い
てはいけないのです。

自分を用いさえしなければ、みなどうもしなくてもはじめからそういうふう
に出来ているから、手当たり次第、在ったり、無かったり、もう何もかも皆、
これ(身)の今の動きであることを知っていくと、どうするのこうするのとい
ったって、向かえばみな在る。聞こえても、声がしてもみなそうです。何も
かもみなそれで実現しているのです。

実現しているから、手付かずにただそのまんま、その事実でゴロン、ゴロ
ンと動かされていく、それが只管打坐なんです。
だからどうしなくてはならない。こうしなければならないということがな
くなるんです。方法論も何もすつとんでしまうんです。


18日(土)は、上記の井上義衍老師語録を提供頂いている第一・第三成願寺
坐禅会が開催です(夕方17:30から)

お盆休み明けの時期、坐禅会開催しているところ少ないかと思いますが、この
時期開催の稀有な坐禅会だと思います。
少人数の坐禅会ですが、本格的な坐禅を経験できる坐禅会であり坐禅デビュ
ーには最適な坐禅会だと思います。

参加ご希望の方は、事前に坐禅会主催の豊島さんまで電話連絡頂ければと
思います。
連絡先:坐禅会世話人 豊島 徹禅(とよしまてつぜん)さん
(井上東京禅会世話役 042(561)8637
当日の参加要領、当日の坐り方指導などなど詳しく説明頂けます!!

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