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結跏趺坐と半跏趺坐
2012-04-06 Fri 22:40
坐禅の基本的な坐り方には、結跏趺坐と半跏趺坐があります。

結跏趺坐は正式、半跏趺坐は略式というイメージがあり、実際修行道場では
ほぼ100%結跏趺坐で坐っていると思います(新到さんはまずは”足を縛っ
てでも結跏趺坐に慣れさせる”と聞きます)

坐禅関係の本を見ても
 -「半跏は要するに半跏でしかない。たとえ形だけでも、なぜ教主釈尊の坐
   に等しくあろうという願いを起こさぬのか。初めから安易な道を選ぶような
   弱気の精神の持ち主には、禅を修する資格はない」。-
   (秋月老師の『禅入門』)

こうした記述を目にするたびに自分の心境が進まないのは坐り方に原因があ
るのでは?と思ってしまいます(これ自体が”こだわり”そのものなのですが)。

以前短い期間(3カ月)ですが、結跏趺坐で坐っていた時期がありました。

体がかたく、物理的にどう考えてもあの組み方は不可能と思っていましたが、
あるとき無理やり両手で左足を引き上げてみると(組み方は浅いですが)どう
にか上がりました!!

組んだ途端に激痛が走りましたが、5分ほどすると痛みが消えてきました。

”そうかこれか! やればできるじゃないか!”

時間を徐々にのばし、1炷60分まで坐れるようになりました。

さすが結跏趺坐、足の組みはがっちりしていて、坐の落ち着きは半跏に比べ
てやはり違う、これで心境も格段に進むだろうと心の中でほくそえんでいまし
た。

しかしながら、やはり無理があったのだと思います。
特に2炷、3炷と続けて坐る場合には、30分ほどすると我慢できないくらいの
痛みが襲ってくるようになりました。

 ”きたきた! この苦しみを抜けるといよいよ”安楽の法門だ”

やってはいけない”目標”を外に立てそこへ向かって”自己”を進めていくよう
になりました。

しばらくその状態で無理を重ねていましたが、そのうち坐る前に”今日は40分
もつだろうか?”と坐ること自体に恐怖心を覚え、結果的には、足の筋を痛め
一時坐禅を中止せざるをえなくなりました。

恐る恐る半跏で再スタート
以前に比べると力まずに坐れるようになりました。

”いつかは結跏趺坐でフル接心参加”という気持ちは今でも根強いですが、
まずは坐り方にこだわらず、六根を開放してただ坐りたいと思います。

道元禅師様が普勧坐禅儀で ”或は結跏趺坐、或は半跏趺坐”と書き記し
て頂いたこと、後世の参禅者には大きな救い・励みになっていると思います。
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