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駒場野公園の田んぼと日本民藝館訪問
2015-10-12 Mon 21:45
三連休の初日は、井の頭線駒場前駅近くにある日本民藝館で行われている「生誕120周年
記念 芹沢銈介展」に行ってきました。
芹沢銈介展は、9/1から11/23まで開催中です。

日本民藝館に行く前に東京大学駒場キャンパス内にある湧水の現況確認です。
湧水は健在でした!
駒場東大駅改札からすぐのところ、かなりの量の湧水が流れています。
東大湧水

水源と思われる地点です。
短いながらもこの都内で湧水量は、貴重ですね。
東大湧水2

緑も多く、この界隈は散歩に最適です。
駒場案内図

井の頭線乗車の方は皆さんご存じだと思いますが、沿線から見えるケルネル田んぼにも行っ
てみました。
ここは、明治時代の駒場農学校跡地で、当時のドイツ人教師ケルネル氏にちなみ「ケルネル
田んぼ」と呼ばれています。
水田の碑

田んぼ内に入るためには、駒場東大駅側にある事務所「自然観察舎」に申し出て名札をもら
ってから入ることになります。
写真は、田んぼ奥側から撮影した写真ですが、都心とは思えない風景が広がっています。
田圃横

田んぼ脇には滔々と用水が流れています。
水路

たわわに実った稲穂です。間もなく収穫でしょうか。
稲穂

田んぼの周囲には多くの案山子が立てられていました。
かかし

「ガリガリくん」案山子です。
ガリガリ君

井の頭線との位置関係は写真の通りです。
井の頭線

日本民藝館は、民藝運動の本拠として1936年に柳宗悦の企画され、開設された施設です。
三連休の初日ということもあってこの日は多くの民藝ファンの方が訪れていました。
日本民芸館

日本民藝館の向かいにある西館が公開されていました。
こちらは公開日が限られていることもあり、当方も今回が初の入館です。
栃木から移築した長屋門(写真)と柳宗悦母屋からなっています。
西館
ご近所散歩といってもいいくらい近場の散歩ですが、ちょっとした旅行気分を味わえました。
湧水&民藝ファンの方はおススメの散歩コースです。
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2015-10-18 Sun 09:41 | | #[ 内容変更]
ウォーキングは体に良いですね
私もウォーキングをして体力作りをしています。禅の宗派は 「臨済宗」「曹洞宗」「黄檗宗」と三つあり、これらを総称して「禅 宗」と言いますね。禅宗では仏の悟りを「月」として経を「月を差す指」と言い、仏の悟り(月)を得た後は経典(月を指す指)は必要ないとしてその教義は達磨の「教外別伝・不立文字」「直指人心・見性成仏」に代表されますね。「教外別伝・不立文字」とは、お釈迦様の教えの真意は文字などで表現する事ではなくて以心伝心の経典とは別に心より心へと伝えられ
ると言うものですね。直指人心・見性成仏とは教経を用いずに坐禅の修行によって自分の心を見つめ自己の本性が仏そのものであると知る事を言いますよね。禅宗では「教外別伝・不立文字」と主張しているにもかかわらず本尊と所依の経典を定めていますね。本尊は釈迦牟尼仏・大日如来・薬師如来・観世音菩薩を中心として宗派によってそれぞれ異なったものを立て一定していませんよ。また所依の経典も『金剛般若経』『楞厳呪』『観音経』で宗派によって様々であります 禅宗ではお釈迦様の一代聖教には真 実を顕さず真実の法はお釈迦様が迦葉 一人に一代の教えの他に別に伝えたと言いますね。しかしお釈迦様の涅槃の時には迦葉はその場にいな かったのであります。なのでお釈迦様が華を拈んで迦葉尊者が笑みを浮かべたという事はありません。禅宗でよく言う「拈華微笑」とは全く根拠のない作り話であります。「教外別伝・不立文字」と説き、仏の真意は文字を立てず心から心へ伝わると言うが「教外別伝・ 不立文字」と仏が説いた事 自体が 教えであり言葉であり文字とし て残っているではないでしょうか? 不立文字とは文字を立てない事でありますから当然、経典などは用いない事になるのにその根拠を『大梵天王問仏決疑経』の経文に依るとは自語相違ですよ。しかも依経としている『大梵天王問仏決疑経』は大蔵経の古録である『貞元釈教録』『開元釈教録』にもその存在はなく古来より偽経として扱われているのであります。 また達磨は『楞伽経』を註釈した書物を作り第二祖慧可に禅の法を伝えたとしていますがこれもまた「不立文字・以心伝心」の禅宗の教えに自語相違しています。一代聖教を誹謗し経典を捨て去り、教外別伝・不立文字を立てる禅宗は『涅槃経』の「若し仏の所説に随わざる者あらば是れ魔の眷属なり」と説かれるように天魔の所業と言わざるをえません。 更に「直指人心・見性成仏」と言い教経を用いず坐禅によって見る自己の本性が仏性であり仏そのものとします。確かに衆生は全て仏とも言えますがそれは単なる理論上の仏であって実際の仏ではありません。三毒強盛の凡夫の心は迷いの心であってその心をいかに見つめても仏心を観ずることは出来ません。だからこそお釈迦様は 『涅槃経』に「願って心の師と作るとも心を師とせざれ」と説かれて人の心は迷いの心であってその心を師匠とすべきでないと誡められているのであります。完全無欠の仏を蔑ろにして「是心即仏・即身是仏」などと凡夫の愚癡無慚の心を持って「我が心を観じる事によって仏となる」という禅宗の教えは邪教です。近くの日蓮正宗 法華講の寺へ訪ねて改宗した方が良いかと思います南無妙法蓮華経
2015-10-20 Tue 14:30 | URL | だるま落とし #-[ 内容変更]
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